> 日常の食事でその観察はまず、しません。
それでも、器や料理が、目に飛び込んでくる瞬間もあるから、不思議・・・というか、 そういう時のうれしさは、その日をハッピーにしてくれたりするよね~。。。
音楽や写真なんかも、何度となく触れていても、 ある日、ポロッと違う発見があったりして、 そんなサプライズのネタになれるような、 魅力を持った器を作ってほしいなー、 なんて、思ったりもしました。。。
うーん、写真を見ていたら、のぞきに行きたくなる~♪
【2006/10/04 01:06】
URL | あまとと #FqTu9.sQ [ 編集]
食器は悪魔でも料理の引き立て役に過ぎないですな。花瓶もまた然り、生花の引き立て役。 しかし、美術品として造られたもの、例えば壷・大皿などは料理のことや持ちやすさなど考えなくてもよい。感じるままにそれが主役となる作品を作り出すことだけを考えれば良い。私は日常に使えない茶器が創りたい。いつだったか、美術館でみた茶飲みには穴が開いていたが、力強く一気に作り上げた迷いの無い一品であった。
あまととさま はい、がんばります。 土の持つ個性を引き出しつつ自己の想いを 作品に込められればよいと感じます。 迷いだらけの自分だけどそんなもんだと思うし 変に背伸びをしないで文字通り泥まみれで生きてゆきたいっす。
【2006/10/04 23:08】
URL | 山坊主 #- [ 編集]
たきちゃんさま 自信に満ち溢れたご意見ありがとうございます。なるほど!と思う反面、それはそれ、俺は俺、と感じるところをみると、いっちょ前にプライドだけは持ちあわせているようです。 困ったものです。 いつの日か迷いのない作品が造れるといいでしょうが、今の自分はこんな程度ですよ。
【2006/10/04 23:19】
URL | 山坊主 #- [ 編集]
人は誰しも「個」を持っている。その個性は大事にし尚且つ作品に反映させなければならない。人の意見や言われたことだけをやるのは、ただの職人である。山坊主さんは、作家(陶芸家)なんでしょ?「人は人、俺は俺」それで良いと思う。大いに自我を作品にぶつけてください。そうでないと、小奇麗な作品ばかりで、力強い物は生まれないと思う。特に、弟子時代を離れて独立する最初の五年間は、自分の道がずれやすい迷いの時代。俺もいるファイト!
たきちゃんさま 力強い追い風のおことばどうもありがとう。 作家、職人の区別は明確にはつけていないです。双方切っても切れぬ関係があると思うし 自分のカテゴリーはこれだ!と声高らかに叫ぶほどの技量もないし。才覚優れる人間でもないので自分の出来る事を地道に積み重ねて行きます。とはいえ、嬉しいですよ、ビシバシ感情をぶつけてきてくれるのは。ありがとうございます。
【2006/10/05 23:27】
URL | 山坊主 #- [ 編集]
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