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六地蔵山坊主

Author:六地蔵山坊主
 お蔭様で第4回の窯焚き、窯出しを無事済ませることができました。
遅々とした動きですが、確実にに前進している・・・そんな実感がじわじわ湧き上がっている昨今です。
春の窯に向け再始動します。



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黄一点

       黄色力


 去年の春に両親が植えたミモザがあります。
山の斜面に植栽されたそれは、縦横共に瞬く間に大きく育ちました。
土質との相性がよかったのでしょう。
見る見る間に幹が伸び、太り、枝が増えてゆきました。

DSC04602.jpg


 10日程前に開花したミモザは、かすかな風にもソヨソヨと枝葉を揺らし
まるで風知草のよう。
彩りの少ない山肌に黄色の花房が存在感豊かにそよいでいます。
春といえば菜の花同様、透き通るような黄色が一番気分を高揚させてくれます。


DSC04598.jpg


 褐色の山に紅一点ならぬ黄一点。
ようこそ、ミモザ!ありがとミモザ!




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独り上手

         と呼ばないで!


 仕事場の片側の壁全体を乾燥棚にしているのですが、仕上げを終えたモノから順にその乾燥棚に収めてゆきます。
深夜棚に収まったモノ達はまだ水分をタップリ含んだ粘土なので
翌朝の天候がよいと、窓から射し込む朝日を浴びて・・・・・


DSC04589.jpg


 口から水蒸気を発します。
袋状のなった形状ほど、内部の空気が温められてモウモウと白い気体を
吐き出します。前夜仕上げしたモノの量が多いと、仕事場の湿度を10%程高くしてしまうほどに大量の水蒸気を出すのです。
いくつもの口から水蒸気が立ち上る様は、ちょっとした温泉地のモウモウと湧き上がる湯気さながら、風情と雰囲気を醸し出してくれるほどです。
・・・ちょっと、大袈裟か。


DSC04590.jpg


DSC04596.jpg

 あれも、これも・・・。
わざと陽の当たる窓際に置いて朝を待つ!
他愛のない独り遊び。・・・・・・・嗚呼、哀しや。



ある変遷

       今は・・・


 オブジェの次に造形の域の広さを持つと思われる花器。
どんなカタチであれ草花を挿す口があればいいので、カタチの自由度は
自然、広まってゆきます。
素朴なものからグロテスクなものまで、その範囲の広さは相当なモノだと思います。自分の中にも端正で素直なカタチが好き、意識過剰なギンギンに尖った奇をてらうようなモノも好き、という両極端な嗜好が同居しています。
 弟子の頃よくおまえはグロだなぁ!と仲間から評されました。
要するに、グロなものを造る=自身の中身もグロと言って差し支えないでしょう。そういったものばかりを造っていたわけではないにしても、
ある方向に尖がっていた僕の言動を含めた全体像が仲間にはそう映っていたのでしょう。
ある時、先輩陶工に言われました。
芸術と工芸の境目はナニで仕切られていると思う?
表現に抑制が働いているか、いないかという造り手の意識が境目なんだ。
 当時はよく分からないことだったので、聞いているだけしか出来ませんでしたが時間を経た今は自分なりの考えを持っています。
芸術という言葉自体が実体のないものです。なので芸術と工芸の境目などは存在しないはずです。
そうは思っていますが・・・まあ、そう決め付けずそんな区分けがあるとするならば・・・それぞれの工程を繰り返しながら同一の製品を多数作製可能か否か。そんな線引きになるのかなぁ、と思うのです。
その意味で言えば、自分のしていることは明らかに工芸の範疇です。
ここまでは自分の立ち位置の確認。
 その上で更に表現の抑制という意識の存在に触れれば・・・なるほど、抑制という意識の有無は言い得て妙だと感じます。
自分の中の「ものさし」がどんなものなのか?ここまではよし!ここからは悪し!はたまた好きか嫌いか、そんなものを基準として造るものの範囲が決まってくるのだと思います。

 今でも確かに存在するグロ好きな自分ですが、そのグロを直接造るものに投影させたいか!といえば、いいえです。
時間の経過と共にある尖った感情をオブラートに包む術を知り始めてきたからでしょう。そのことが善いのか悪いことなのか、その判断は付きませんがこれこそが表現の抑制、ということの意味なのではないのかな、そう感じています。
工芸に生きる自分の「ものさし」がどう変わって行くのか。
それが楽しみでもあります。

 以上、飛躍しっぱなしのつまらん独り言・・・でした。

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 手つき花入。


DSC04575.jpg


 「包む」花器。



動かざること

       山の如し


 7・9・11・13・15kgの大物作品をロクロで挽き始めました。
ロクロ台に土を載せる前に、約10分ほど土を練り上げます。
「菊練り」と言う、土の空気抜きと土の均一化を図る作業をしますが、
これが激しい運動に匹敵するほどに息が上がります。
2・3kgの土の塊とは違い、7kgから上の重さの土をしっかり練り込もうとすると今の季節であっても額に汗が浮くほどの運動です。
やきもの屋の腕っぷしが太くなる所以です。
 菊練り3年!と言われるほど習得に時間を要します。
この作業を経てロクロに据えられる土の塊。
息を整え、円運動の軸となる中心を作り、穴を開け、筒状に伸ばして行きます。時間を掛けて菊練りをした後ですから、失敗しないように!と言い聞かせて取り掛かりますが、重くなるほど軸を保ったまま挽き上げることが難しい・・・案の定、今日だけで5回も無駄な菊練りをしてしまいました。

 7・9kgは無難にこなし、久しぶりの大物のわりにそこそこ挽けるじゃん!なんて悦に入っていましたが、11kgになった途端連続で失敗です。
弟子の頃言われていた言葉を思い出しました。
10kgを超えると別の世界がある!
そう、本当にそうなんです。9kgの時には感じることのなかった重さを急に意識させられるのです。たった2kg増えただけのはずが・・・動かざること山の如し!へと変貌するのです。
具体的に言うと、筒状にした土を均一の厚みにするために下部に溜まった土を上部に持ち上げてゆくのですが、これが持ち上がらないです。
その結果11kgの土を使いながら、9kgで挽いた大きさに及ばないなんてことになってしまうのです。とほほ、のほ。


DSC04570.jpg 


 明日は13・15kgです。
もっと、動かざること山の如し、でしょう。
気合いれてゆこ~!


 



いにしえ

         根源的作業


 ひも状に伸ばした粘土を積みあげ、形造る。
しばらく後に、薄く鋭利な刃で削る。
なんてことない作業が、実は太古のいにしえ人との繋がりを意識させてくれます。
同心円状に回転する道具などなかったであろう時代には、ひも造りで立体を立ち上げていたことでしょう。

 手と土とヘラ、そして火。
最小限の道具で造られたと思えるいにしえのそれらは、技術を駆使した現代の立体よりモノとして数段格上の存在感を有していると感じます。

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 自身を掘り下げ、何かを探る手段のひとつとしてひも造りを続けてゆこうと思う今日この頃。



住まいの道具

       としての・・・


 生活、殊に食との関わりが深いやきものという道具。
生活と密接に絡み合うことで進展してきたやきものです。
草花を、飲み物を、食べ物を・・・様々なものとの相性がよい器として
生活の隅々にまで浸透しています。
近年、生活様式が急速に移り行く中、時代の要求に沿わんとして
過酷な変遷を辿ってきた各分野の製品とは一線を画し、緩やかな変革を日々続けているのがやきもの分野だとおもいます。
 骨董の世界に顕著に現われているように、時代を遡ることでモノの価値が高まる独特な分野であるといえるでしょう。
誤解を恐れず言うのなら、裁縫の返し縫のように前に進んでは後ろに戻り・・・を繰り返しているような印象を持っています。

 時代と共に人の住む空間、器としての住まいが変化してゆきますが、
高価なわりに短時間消耗品の代表格となって久しい現代の日本の住宅。
生活と密接な関わりをやんわり保ってきたやきものですが、
活躍する舞台である住まい空間の変化に着いてゆけていない、とも言えるのでは?と感じています。
好い悪いの問題ではなく、住空間の変化が必然だとするとその空間に違和感なく共存するやきものを造らないといけないのかな?とも感じます。

 まあ、そう感じるだけで器用に対処出来る技量や引き出しを持っていないのも事実ですが・・・・・多くのひとに振り向かれるように、今、を捉えた商品を提供してゆけたら、なんてスケベ心が自分にあることを告白しておきます。
そんなセンスが無いことを100も承知で・・・自分の住まいのここにこんなものがあればいいよなぁ!という視点でものをつくってゆくものがあっていいのではないかと想い、行灯、照明の傘、引き戸の取っ手、棚、椅子、机等少しづつカタチにしてゆきたいと思っています。

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 例えばこれ。
皿のようで皿ではない、掛け時計の盤です。
漆喰塗りの仕事場の壁に掛けてみたい時計を造ってみました。
土の素材感を損なわないように、荒い土を用いて地味な焼け狙いで
窯に入れてみようと思っています。


DSC04560.jpg


 ムーブメントや芯が多種売っているので、土の盤に限らずどんな素材の時計でも出来てしまうようです。
好きな素材で造ってみてはいかがでしょうか。


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用途

         それぞれ


 なに、これ?尿瓶?
連想するものを遠慮なく言ってこられる方がいました。
うーん、尿瓶に使えそうならそうしてもらっても構いません。

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 何に使うか。それぞれの御自由です。
これはナニ用だ!とは強要出来ませんから・・・
ぐい呑みのつもりで造ったものを、コレ向付けにいいわねぇ、などと仰られる御婦人も居られますし、使い手の生活の中でいかようにも用途を
転用させていただければ、これ幸いです。

 かの千利休は日常に溢れる幾多の雑器を茶の世界へと転用し、
また美を見出すことに長けた御仁でした。
これはこれ用、あれはあれ用。既成概念に囚われる自分に刺激を与えてくれるのは、人の素朴な一言、だったりします。
・・・尿瓶ねぇ・・・・・





鳥肌・4

       つづき


 当日を明後日に控えた月曜日、昼過ぎに携帯電話から彼女の勤める
会社部署に電話を入れました。

週末を忙しく過ごしたために、この誘いのことをより深く考えることはしなかったものの、結論は出ていました。
 以前の自分であれば躊躇なく魅惑的な誘いに飛び込んでいたでしょうし、実際にそうして生きていました。
漂流の旅が性に合っていると思い込み、4年程旅を続けていた自分です。定職につくどころか定住すら好しとせず、住み込みアルバイトをある期間続けては新たな土地を求め移動する。そんな根のない生活をしていました。
そんな自分がやきものと出会い、じっくりと向き合い1つの対象に打ち込むことで、かつて味わうことのなかった充実感を得られている。この道を進んでゆこう!その気持ちに揺らぎがないまま重ねて来た弟子の生活。
既に独立のための土地探しを始めてもいた。
長いこと親の想いを裏切り続けていた自分がようやく生きる方向を定め、
自身も親も、また周りの方々もやきもの屋としての「独立」にベクトルを向けている今。
 魅惑的な誘いを受け入れることに臆病になっている自身を自覚しました。やろう!と決めた方向に突き進む今の姿勢は自分にとっても好ましいことだったし、なにより、それによって心地よい感覚を常に身にまとっていられました。
一方、定まった自分の姿勢に自信があるのならUFOに乗ることくらいで
怖気付いてどうする!という想いもありました。乗って、未来の地球の姿をこの目で見たにしても、それからの歩みの邪魔にはなるまい・・・
そんな声も自身の裡に聞こえていました。

 廻された内線に彼女が出ました。
先日はどうも・・・。定員は埋まりそうですか。
 「ええ、残りの席は後僅かですよ。乗りますか?」
やめておきます。地球の未来は大切です。でも今は自分のことの方がもっと大切ですから。誘ってくれたのに申し訳ないですが、止めておきます。
 「そうですか、残念ですけど仕方ありませんね。やきもの、頑張ってください。」

 なんか物足りなさを感じるほど簡単に電話を終えました。
師匠にも同じような言葉で、断った旨を告げました。
「そうか・・・。それでよかったと思うぞ。」

 断ったものの事柄が事柄なだけに、キレイさっぱり全てを忘れて仕事に打ち込むということは出来ませんでした。
その日の午後、翌日、そして当日も。
 その日はよく晴れた暑い日でした。意識して外の仕事を選び、空と土手を気にしながら終日過ごしました。
なんてことない常の1日、何も起こらず日が暮れました。
その後、彼女が仕事場に現われることもなく、各国のお偉い人達が環境
問題を殊更取り上げる節もなく・・・・・
 普通の感覚を持った人であれば僕のこの体験は作り話だろう!
一夜の夢だろう!と思われるでしょう。
僕自身、その後何も変わりばえしない日常を重ねるうちに、あれは一体なんだったんだろうと感じ、もしかして夢だったのかなぁ?とか、現実であっても何が目的で、なんで僕に声を掛けてきたのだろうか?などと考えても答えの出ない、輪郭のはっきりしないおぼろげな記憶の一つに成り果ててゆきました。

 その後弟子を修了し、現在に至ります。
が、何かの折に妻にその話をする機会がありました。
「えっ!うそっ!」妻は異様な驚きをしました。
「いつ頃の話?」
 弟子を終える2年前の夏だから・・・4年前だな。
「じゃあ、同じ頃だ!私も誘われたよ。○○と言う人に。」

 僕を誘った人とは違いましたが、妻も同じような話を持ちかけられていたのでした。組織だって行われていたお誘いであったならば・・・・・
ますます、謎は深まります。
妻は誘いを受けたものの簡単に断ったそうですが、もしかしたら
UFOの船上で3000人の中の1人として出会っていたかも知れん・・・
あははは、笑える!
誘われた同士、同じ穴のムジナ。そー言えばお互い変わり者だもんなぁ。
そんな人間にしかお声は掛かっていないのかも・・・


 



鳥肌・3

       つづき


 僕が、騙されやすい人間の典型であることを見破り、しかも不可思議な誘いをしてもハナから相手にしない!というタイプの人間ではないであろうと踏んで接触を図った彼女の判断は見事であったと感じる。

 仕事場に戻り、お茶の片づけをしていると師匠が何気なく言いました。
「○○さん気にしていていたぞ、娘さんが外に出て行ったことを。
あんたと話をしていたのか?」
 はい、僕とはなしをしていました。
「何の話をしていたんか?」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は迷いました。話の内容を打ち明けてよいものか、どうかを。
同時に、その沈黙を変に受け取られてもいけない、とも感じた挙句
正直に話をしよう!と思い切りました。
師匠を訪ねて来られたお客さんの娘さんのことを聞かれているわけで
すから、黙っていることの方が不自然だと感じたわけで。

 実は、・・・なんていうか・・・誘われました。
「ん?」
 あのですね・・・今度の水曜にUFOに乗って宇宙に行って30年後の地球の姿を見に行く集い、というかツアーというか・・・そんなのに誘われました。地球上で選ばれた3000人がそのUFOに乗って、クリントンや中曽根さんとかもいるらしいんですけど、そんな人に混じって僕も見に行かないかと誘われました。
「・・・なんだそれ!?あんたも3000人のうちの一人に選ばれたってことか?なんで、あんたなの?・・・・・・・面白いね。倉庫の裏でそんな話をしていたのか?」
 はい。水曜は仕事だからいけないと言ったら、UFOに乗っている間は
地球上の時間が止まっているから大丈夫なんだそうです。
ただ、未来の地球の惨状を目の当たりにしたクリントンや中曽根さんや僕は帰還後に環境分野の啓蒙活動をせざるを得ない状況になるらしいんです。
「面白そうやないか、行ってみたら?」

 名誉のために言っておきますが・・・
師匠は全くの正常なる、しかも相当上等な常識人、であります。
それに反し、僕は相当イカレポンチだと自覚していますが・・・・・
その師匠が「行ってみたら」と言えることの背景には、小さい頃の体験が
息づいているからだろうと想像しています。
何かの折に、師匠が小学生の頃にUFOを見た話をされました。
遠目で未確認飛行物体を見るとかではなく、すぐ目の前で兄弟揃って見た体験を経ているそうなんです。この目で、しかもすぐ目の前で見たから
疑いようがないとも言っておられました。
そんなことからも、間接的に聞いたこの誘い話をばかばかしい戯け事とは受け止めていない様子が窺えました。

 少し考えたい!ということで決断はしていないんですが・・・。
いけれるのなら行ってみたい気はあります。でも、まだ時間があるんで、考えてみようと思ってます。
「水曜の仕事のことなら気にせんでよかよ。」
 はぁ・・・・・ありがとうございます。というか、時間が止まるそうなので
迷惑は掛けないで済むかと想いますが・・・
「ああ、そうだったな。じゃあ何で迷っているん?」
 うー!あのですね、もしほんとに、本当に乗ることが出来たとして、帰還後地球の将来を憂いて啓蒙活動の方に自分が流れてしまうとすると、今までの5年か6年の間のやきもの勉強が意味のないものになってしまうんじゃないかと。それだけが気に掛かっています。
もし悲惨な地球の姿をこの目で見てしまったら、活動に精力を尽くしてしまいそうな自分が想像出来てしまって恐いんですよね。
「そうか、なるほどなぁ。まあ自分のことだ、考えてみればいいさ」

                             つづく




 



鳥肌・2

       つづき


 UFOに乗っての宇宙体験への誘いは魅力的な話でした。
少なからず未来の地球への関心、宇宙空間への憧れ、UFOへの興味がありましたから・・・
おまけに、宇宙体験している間は日常の時間が止まった状態になるのなら、師匠に迷惑をかけることはないな!と。
 自分としてはその時点で、コトの信憑性の有無は気にならず連れてってもらえるのならそうしてもらいたい!と半ば行く気になっていました。

 当日はどこに集合するんですか?
「集合はしなくていいです、あそこの土手に立っていればいいです。」
 UFOが真上に来て、僕を吸い上げてくれるんですか?光線みたいなやつで。
「方法は分かりませんが、土手に立っていてくれればよいです。」
 
 師匠の工房は山に登り行く途中の閑静な場所にあり、その上には農業用のため池が5つあるばかりで住宅は師匠宅が最後尾になります。
ため池とため池の間には土手が長く走り、その土手を指して言っているのでした。

なにを持ってゆけばいいですか?
 「何にもいりません。手ぶらで構わないですから。」
その日以降は環境の啓蒙活動をしなければならないですか、どうしても?僕はやきもの屋になりたくてここで勉強していますから、環境問題よりやきものを優先すると想いますけどそれでもいいですか?
 「気持ちは分かります。ただ地球の未来を知ればそういう考えが変わると想いますよ。活動優先に変わることでしょう、きっと。」
・・・・・そういうことなら微妙だなぁ。やきものをやりたいからなぁ、僕は。
 「もちろん、両立出来るとは想いますけど、どちらかに重きを置くべきかということになれば活動ってことになるのではないですか。」
・・・・・・・・・時間が止まるっていうのは本当ですね。
 「はい、それは大丈夫です。」
・・・・・・・・・・・・・少し考えさせてください。
 「分かりました。・・・ただ定員は決まってますから、3000人集まればその時点で締め切られますよ。」
3000人に選ばれたんじゃないんですか?
 「選ばれたのですけど、当然来ない人もいるという予測から3000人以上の人に声を掛けていますから。」

 そして彼女は名刺を僕に渡しました。
「気持ちが決まったら電話で知らせてください。」
名刺には名の通った会社の○○研究室所属と書いてありました。

 この会話の後、僕は考えてみました。
現実的な話なのか絵空事なのか?ということではなく、もし参加して
こりゃぁやきものどころの話ではない!という気持ちになってしまったら
自分自身がどう動くようになるのだろうと・・・
言ってみれば、人生の岐路だ!
 
 多くの人は、馬鹿だなぁ・・・そんな話ありっこないじゃんか!と一笑に付するところでしょう。もちろん自分もそう感じていた部分もありましたが、一方で何が起こるのか分からないのが人生だ!もしかして・もしかして
これが現実に起こり得るならば・・・とも感じて止まないのでした。
騙されるのなら騙されよう。騙されても何も持っていかれるものはありはしないじゃないか!と。

                            つづく



昨夜の

       鳥肌


 深夜3時前の不気味な音。
結局、音の正体は解らずじまいです。
未知なるものとの遭遇かも!という期待と恐れにまつわる話があります。
実は昨夜の不気味な音を聞きながら、以前身に起きた不可思議なる
事を思い出していたのでした・・・・・

 5年以上前のことです。
当時岡山でやきものの弟子をしている頃、度々師匠の工房を訪れる方がいました。新聞社の元記者で美術全般に造詣の深い方でした。
ある日、その方が娘さんを伴って来られ、いつものようにお茶を出した後
外でやりかけた仕事があったので工房裏に戻りました。
しばらくの後、仕事をしている僕は背後に人の気配を感じ振り向くと、
娘さんがじっと僕を見つめているではありませんか。
お互いにお年頃でしたから、なにか微妙な雰囲気を感じつつ・・・
更に近づいて来たので、もしや・・・とそわそわしていると、
案の定、「お話があります。」と真剣な眼差しで僕を見据えています。
 工房裏の人気のない、奥まった場所ですから何かの告白には絶好の舞台です。
・・・・・・・・・・・「今度の水曜日はどうしていますか?」
 ここで仕事です。
「あの・・・・・UFOの存在って信じます?」
 ・・・・・・・・信じてます。
「UFOに乗って宇宙に行きませんか、今度の水曜日に。」
 はぁ・・・、弟子は自分の都合で休めませんから、無理です。
「大丈夫です、あなたが宇宙に行っている間は時間が止まりますから。」
 
 ドキドキ感満載の誘い!には違いありませんが、予期し得ぬ話の成り行きに僕は興味をそそられ、仕事の手を休め会話は続きます。
この時全身に鳥肌が立っていた感覚を今でも思い返すことが出来ます。

「地球の30年後、50年後の姿を見たくないですか?」
 見たいような、見たくないような。
「今回世界中から3000人の選ばれた人がUFOに乗って、宇宙に行き、そこで未来の地球の悲惨な姿を実際に見るのです。そして地球に戻った後、環境問題の啓発をしてゆくのです。このままの意識で時を過ごせば地球は滅びます。
そうなる前に食い止めねばなりません。3000人の中には中曽根さんや
クリントンさん、ミッテランさんなどの政治家が大勢含まれています。
多くの人々に影響力のあるそういう方の他、あなたのような善良な人達も乗ることになっています。」
 60億分の3000に選ばれたってわけですか、僕が?
「そうです。」
 単なるやきものの弟子の僕がですか?
「そうです。」

 こんな話をニコリともせず、真剣な表情で切り出され誘われると
不思議なもので不真面目に聞き流してはいけないような気になるものです。雲を摑むような話であっても・・・

                              つづく
 



不気味

       ・・・気になる


 仕事をしていると外から異様な音がします。
深夜3時少し手前。
聞いたことのない不気味な音。形容しがたい音。
胸騒ぎを覚えながら扉を開け、冷気のただなかに立って、音の正体を確かめようとしました。
北東の空からクォーーーという轟きが伝わってきます。
なんだろう?
こんな音は記憶にない、未知との遭遇って感じの音です。
知らずのうちに鳥肌が立っています。ボッ!と闇夜から得体の知れぬ物体が現われそうな錯覚に陥りました。

 音は1分ほど一定の方向、場所から響き続けてやがて消え入りました。
なんだったのでしょう。周りを見渡すといつもと変わらぬ風景。
飼い犬ロクも静かに寝ています。2階の妻も起き出して来ない。
僕だけに聞こえた音なのだろうか。
かなり響く音だし、音量もかなり大きかったのに・・・
なんだったのだろう、ほんと気になります。
どなたか聞いた方いませんか。




追突事故 2

       バイバイ!


 「たいへん、大変!」と言いながら、2階から妻と娘が降りてきた。
どうした?と聞くとムクドリが家の軒にぶつかって、そのまま下に落ちた!と言う。
3人で家の裏に回り見に行くと、ほんとだ!地面にムクドリが横たわっている。死んではいない、けれど痛くて動けない様に見えた。
素手で抱こうとしたがふと、そのままんま東氏の顔が頭をよぎり軍手を
急いで手にはめすくい挙げた。

 陽の当たる所に移動して台に下ろすと、かろうじて姿勢を保っている。
致命的な怪我はしていない様子に皆ほっとする。
前回のシメの様に脳しんとうを起こしているだけのようだ。
ぼ~っ!としている間にカメラを持ってくる。

DSC04434.jpg 


 改めてみると、かわいいというよりは格好がよいと感じる。
大きさは20cm強。ムクドリの子供のように見える。
野鳥を間近で見る機会はそうそうないので、マジマジ見つめる。


DSC04436.jpg


 そうする間に次第と正気に戻ってきたのか、一点を見つめながらも接写する僕の動きにビクッ、ビクッ!と反応している。
これほど人間が近くにいるというのは初めての経験に違いない。

DSC04433.jpg

 翼をひろげ、羽ばたけば大空に舞い上がれる鳥を羨ましく想う。
「羽」という字を名に持つ娘も、おっかなびっくりしつつも実に興味深そうに見つめている。よ~く見ておくんだよ。

 最初、横たわった姿を見た時は最悪の場合一想いに殺してやらねばいけないかも知れないと感じた。羽が折れていたら・・・・・、そうせねば!
ととっさに思ったのだけれど、今思うにその考えはどうなんだろうか?
例え羽が折れていたとしても、車に乗せ獣医さんへ連れて行けばいいのではないか?
よかった!幸いにして羽は折れていないように見て取ったからいいようなものの、もし折れているとなったならその時点で僕は即行動に移していたかも知れない。とっさの思い込みに従ってそうしていただろう自分の
愚かさが現実のものにならなくて、よかった。

 しばらくの後、正気に戻ったムクドリはどこかへ飛び去った。
見送る娘はバイバイと手を振っていた。
 



続・土瓶

       経過


 本体がまだかなり柔らかいうちに茶漉しの為のくぼみを造ります。
次にポンスという金属製の道具を使い細かい穴を慎重に通して行きます。


DSC04423.jpg


 しばらく時間を空けた後、口を本体に接着させます。
この時、口の先端が本体の蓋が載る高さより幾分高い位置になるように調整し、接合部分をしっかりと合わせます。
口の先端を幾分高くするのは、ナミナミと湯を満たした時にでも口から湯が漏れ出ないようにするためです。


DSC04426.jpg

 口の下の膨らみが、たまりと呼ぶ液体量を調整しやすくするための
重要な部分です。ここに流れ込んだ液体はその先の絞り込んだ線に沿って口へ向かい、美しい放物線を描き器へ収まる、というわけです。

DSC04432.jpg

 幾つか挽いた蓋の中から寸法の合うものを選び、最後に把っ手を付けて各部位の接合はお仕舞いです。


DSC04424.jpg

 もう一つの注ぎもの、ピッチャーです。
清涼感こそガラス製の器には及ばないものの、これから注ぐ夏の麦茶は
たまんねぇ~!ですよぉ。



急須・土瓶

       がび~ん!


 
 本体、蓋、口、把っ手の部位から成る急須や土瓶。
本体を挽いた後、それに見合う寸法でそれぞれをロクロで挽き
程よい乾き具合を見計らい、各部位を本体に接着する。
文章にするとそれだけのことですが、実際に造ると、これがなかなか。

DSC04419.jpg 

 使い勝手のよいものにするためには、いくつもの約束事を散りばめなくてはなりません。例えば水切れのよい口先にするための角度、厚み。
摑みよい把っ手の条件、太さ、長さ、口に対しての角度。
つまみ易く、傾けても落ちにくい蓋にするための構造等々。
急須一筋で生きておられる方がいるくらいですから、奥の深い世界が
あるのだろうと想像します。

DSC04421.jpg  

 急須、土瓶などを作らない師匠でしたから、全くの独学です。
それ故見当違いのことばかり繰り返してきました。
多分これからもそうでしょう。
けれど、造り続けてゆきたいものの1つ、です。




       ある職人


 我が家の愛犬、ロクは体重36kg。
その重みで踏み潰される下草は地際から消え失せます。
当然散歩道は獣道になるわけで・・・


DSC04398.jpg


 町道に沿って400m程、ロク専用道路が延びています。

DSC04400.jpg

 敷地の両隣の土地にまたがって延びる道は、僕ら人間にとっても
足に気持ちのよいフカフカ状態。
アスファルトの硬く冷たい触感とは大違いです。
その違いを知ってか知らずか、この道を疾走し続けるロク。
このルートだけはイヤというほど草の生える春以降も草刈り不要!です。

 敷地の向かいに広がる少年自然の家。
その開設に伴い舗装し、県道まで直結した道路が開通したのですが、
この道は常に掃除が行き届いています。
町道ですから管理管轄は長柄町のはず。
しかし、常に綺麗なのは少年自然の家のある特定の職員さんのお蔭なのです。台風の後、落葉時期、大雨の直後、夏の草伸び盛時期、片側に山の迫っているこの道は泥や枝葉で相当荒されます。
けれど、その荒らされた状態は数日で元の綺麗な道へと回復するのです。長さ1kmにわたるこの道を、リヤカーを曳きながら一人の男性が黙々と掃除、除草してゆくのです。
それはそれは見事なまでに迅速かつ綺麗な仕事をされる方なのです。
その恩恵を受ける僕ら一家はその方の姿を見かけると、頭を深く垂れずにはいられません。
 仕事とはいえ、1年通して完璧な管理を施すこの方を尊敬するとともに
少年自然の家の管理意識にも敬意を払います。
その仕事振り、職人技の域に達しています。
その方の歩いた跡には、どんぐり1つ落ちてやしません。
せめて・・・体力の有り余るロクにリヤカーを曳かせてみては!などと考える、他力本願な自分がいるのでありました。









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