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六地蔵山坊主

Author:六地蔵山坊主
 お蔭様で第4回の窯焚き、窯出しを無事済ませることができました。
遅々とした動きですが、確実にに前進している・・・そんな実感がじわじわ湧き上がっている昨今です。
春の窯に向け再始動します。



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太陽と月

         とまどい


 山のあっちとこっちで激しい対比を見つけました。
太陽のごとく四方八方にサンサンと光を放つ、黄色いたんぽぽ。
一方、月のごとくヒッソリ佇む白銀のたんぽぽ。

 同日、同時刻、2つの間の距離10m。
そんな狭い範囲でくくられた空間に、太陽と月が同居しています。


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チェルノブイリ

       原発事故


 20年前。
現ウクライナで起きた原子力発電所事故。
発電所から3.5kmしか離れていない村で被曝した当時6歳の少女が
美しかった故郷や同じ境遇の人々を想い、偲び、そして支えるために
この日本で音楽活動を続けています。

 NHKラジオのラジオ深夜便にて流れる歌声に思わず手を止めました。
声の主はナターシャ・グジーさん。
声が綺麗とか歌が上手いとかいう評価価値がぶっ飛ぶほどの歌をうたう人です。
7年前から日本を拠点にして活動している女性で、チェルノブイリの悲惨な様を、世界で唯一の被爆国である日本で人々に伝えようと日本語を学び、日夜コンサートを開き同郷の人々を支えています。

 流れてきた日本の唱歌「ふるさと」を、目を閉じ聴いていると・・・映像や写真でしか見ていないはずのチェルノブイリが、美しかった事故前の村の姿や人々の生活を直にこの眼で見た光景のように瞼へ映りこんできます。
まるで、自分がそこで生活していた1村人であったかのような錯覚を起こすほど鮮明な光景が目に浮かんだのです。
 こんなこと初めての体験です。
日本の唄をウクライナ人が日本語で唄い、日本人の僕が遠いウクライナの風景をこの眼に浮かべる・・・・・考えるまでもなく、ヘンなのですが。
歌と歌声、そして強いつよい想いが何かの力で融合するとこれほどの
身に迫る擬似体験を人にもたらす!ということが起こりえるのでしょうか。
彼女のH.P、よかったら訪ねてみてください。
そして機会があれば彼女の話、そして歌声に耳を傾けてみて欲しいです。
http://www.office-zirka.com/

 


 



久しぶり

       暗→明


 何年ぶりでしょう、4年か5年ぶりでしょうか。
徹夜をしました。(徹夜麻雀ではありませんよ)
前日に12時間眠り続けたことで、全く眠気を感じることなく爽やかな朝日を額に浴びることができました。
気持ちよいものです。それに冬の朝日とは信じ難いほど今朝の日差しは暖かで穏やかです。

 学生の頃東京で新聞配達をしていました。
配達途中の高層マンションの通路から毎朝日の出を見ていたことを
懐かしく思い返しながら、同時にあの頃感じていた寒さと今朝の暖かさのギャップに想いが至りました。
配達前には重ねられるだけ重ねて着ていた服が、配達順路半ばには半袖Tシャツになっていたものですが、この季節、10代の血気溢れる体でも起き出した時は毎朝
ブルブル震えていたあの頃。
少なくとも今朝の暖かさであれば、配達前から半袖Tシャツ一丁で出発していたかも知れないなぁ・・・なんて思うほどです。
 記憶の中の寒さと、殊更暖かい今朝。
この2つを比較して、こりゃ確実に地球温暖化だわ!って感じるのは
強引でしょうが・・・なんかやっぱりヤバイいんじゃないですか、地球は。

 



       いゃ~困った、こまった


 扁平の胴体に口と小さな取っ手を付けると、頭の後ろをポリポリ掻く
人間に見えてしまうのは自分だけでしょうか。
今の自分が困った、こまった状態だからそう見えてしまうのか。

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 造るものは自身の内面を映しだすもの、とよく言われます。
確かに・・・・・そうかも・・・・・。





遠くとも

       解っておられる、のですねぇ


 一日が短い。
陽は延びているというのに、一日があっという間に過ぎてゆきます。
一日、一日が短く感じるということは・・・一ヶ月が過ぎるのも早く感じるということになるのでしょう。
ついこの間お正月だったはずが、もう月末。
時間の経過に伴なってゆかぬ作品量。
う~、やばい!

 造ろうとしていたはずの、頭にあったカタチのいろいろが全て取るに足らないものに感じてしまい手が滞り気味。
独立したての仲間達が口をそろえて言っていた、ナニを造ってよいのかわからなくなる!という言葉の意味が真実味を帯びてわが身を襲いつつあります。
そんなこんなの得体の知れない気の焦りが時間の経過を更に早めているように感じます。
 このようになることを、岡山の我が師匠は解っていたのでしょう。
先に届いた年賀状には次の文面が。

 一つ一つ積み重ねる仕事。
最初から完成を望まず、ヘタで当たり前。
楽しく造りなさい。

 この言葉、思わず涙がちょちょぎれます。
どよ~ん、とした空気に包まれそうになると、この言葉を思い返し気張らねば!と発奮する今日この頃です。

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陶印

       杉の香りに包まれて


 以前初窯用の左馬の篆刻を彫ってくださったT氏。
その技、意匠に感嘆した僕は続けて陶印の篆刻をもお願いして彫っていただきました。
陶印とは、全ての作品に印す自身固有のサインです。
多くの場合作品にはヘラでサインを印し、作品を納める桐箱の箱書きに篆刻印を捺します。
固有とはいっても安易に氏名で使っている文字を用いているので
日本中の陶工とかぶっているでしょうが。

 安田の「や」の字の中から気に入った書体を探して決めました。が、恥ずかしながら安田の「安」はひらがなの「あ」に繋がることをT氏に諭され、急遽、日本独自に創り出したひらがなの「や」を強引に陶印へ引っ張り出した次第です。
つまり、音訓の意味を理解していない自分が如実に浮き彫りにされたってわけです。半ば呆れられつつも、快く請けてくれたT氏なのでした・・・。
それから3週間。
T氏作の杉の木箱に納まり、陶印が手元に届きました。

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 樹齢1000年ほどの杉板を加工して作ってくださったとのこと。
杉とは思えないほどの緻密な年輪、雰囲気たっぷりの木箱です。


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 彫ってくれた陶印もありがたいのですが、この木箱に納めて贈ってくださることにT氏の美的センスが集約されていると感じずにはいられません。

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 ひらがなの「や」の大中小。

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 もひとつおまけに漢字の「安」の大中小。
これを見て、ほんとうに「安」が変じて「あ」になったことを実感できたのであった・・・
おそらく・・・・・そんなことさへ知らなかった僕に、しっかりしなよ!との想いを込めて彫ってくださったのではないか、と感じている自分であります。
トホホのホ。
Tさま、左馬に続き、一生の付き合いになるであろう陶印をこのように彫っていただき誠にありがとうございます。大切に使わせていただきます。



手付き鉢

       水をはれば


 普段の生活では使用頻度が低そうな食器を別の目的で利用すると、
思わぬ存在感を発揮することってありませんか。
食器棚に埋もれている器を取り出し、水を張って花一輪浮かべると
案外、サマになったりします。


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 潤い豊かな大地に、虹が架かる。
花を浮かべた後・・・余計なことかも知れませんが、副題なんぞ付けて遊ぶも、これまた一興。



手入れ

       つるつるに


 ハゲかけた頭の話、ではありません。
暦通りの寒さが駆けつけ、昼過ぎには少量ながら雪が降りました。
千葉では初雪です。まあ、半分みぞれ交じりではありましたが。

 昨日のような本格的な寒さが到来すると、てきめんに手が荒れてきます。心同様、手先の皮も繊細な僕は・・・一日の終わりには手全体の皮がパッサパサになります。粘土に水分を取られるのと、ロクロ仕事の場合は濡れて乾いてを何度も繰り返すことで手の両面共に干乾びてしまうんです。作業中あんまりに乾いてしまった時には、広い額を指で拭い
自家製の脂でその渇きを癒やしておりますが・・・汚いですか?
汚いですね、相すみません!
一時はその脂で回復するものの、一日の最後には尿素がタップリ入った高級クリームを干乾びた手全体にしこたま染み込ませます。
まあ、高級といっても800円くらいなんですが・・・
手を洗い忘れた時に塗った時などは、白いクリームが灰色になっていたりもしますが、気にせず塗り込むようにしています。まあ時々ですが。
てっかてか!に照るまで塗り込んでおくと翌朝は手モデルでも出来そうなほどの、それはそれは美しい手に蘇ってくれるんです。
テカテカのつっるつる。
そんな手を濡らしたくなくて、顔を洗うのを回避してしまうほど。
まあ、時々ですが・・・

 なんにしても、荒れた手で粘土を扱うと皮のパサツキの凹凸が
そのまま粘土の表面にうつされてしまうので、手の手入れは欠かせません。この時期だけは我が家のクリーム大激減!って訳です。
来シーズンは1200円のクリームを買いたい!
密かな、そしてこの上なくみみっちい願いを持つ今日この頃の僕です。

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ほんとに~

               徳利


 僕のやきもの原料は岡山、備前で取れた土を使っています。
この土を登り窯にて無釉で焼き締めるのですが、焚きようによっては多様な焼き上がりが期待できるほかに、もう1つ大きな長所があります。
1200度近い温度で焼け締まったその肌は、一見硬そうに見えますが
実に通気性のよい器なのです。
 
 例えば、花器に花木を挿しておくと長時間瑞々しい花の状態を保ちます。器の通気性がよいことで、水が腐りにくいのです。
吸い上げる水の鮮度が悪ければ当然花木の姿は衰えてゆきます。
この特徴を大きく活かせるものに徳利が挙げられます。
聞いたところによると、備前の徳利に入れておいた酒はまろやかになり
1ランク上に育ってゆくそうな。2級酒が1級になるんだそうです。
眉唾ものに聞こえるかもしれませんが、科学的なデータの蓄積が確かにあるそうなんです。
だからといって、何年も入れっぱなしにしておくことで普通酒が大吟醸に育つ!というわけではないのでアシカラズ。

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 徳利それぞれ。
左から三角徳利、徳利、徳利花生、肩衝徳利。





野生

       一族


 先日のこと。
無風なのに山の常緑樹がわさわさ揺れています。
えっ!地震?
それにしては一部の樹しか揺れていません。なんだろ!
しばらくじっとその付近を見つめていると・・・大きめの紅い桃が3,4個
樹の隙間に見え隠れしています。
近くに寄り桃を見上げると、薄い茶の毛に縁取られた紅い尻だと解りました。尻?そうです、桃ではなく赤い尻の猿の群れでした。

 千葉にも野生の猿はいるよ!以前から聞いていたことでしたが、実際目の当たりにするのは初めてでした。へ~、ほんとにいるんだ!なんて思いながら眺めていると、群れの斥候でしょうか、こちらの存在を確かめるべく樹から降り僕や連れをじっと見詰めます。
その距離約10m。尻と同じ色した赤ら顔の若そうな猿は危険なし!
と判断したのでしょう。群れの方向に顔を向け、それを合図に3匹が樹から降りてきました。
両手で道に転がる木の実をせわしくつまんでは口に運びます。
時折ちらっと鋭い視線を僕らに向け、おまんら、それ以上近づいてくんなよ!とでも言いたげな雰囲気を漂わせています。
さすが野生育ちです。生ぬるさを微塵も感じさせません。
 ふと、猿に襲われたニュースがあったよなぁ、なんてことが頭をよぎり
猿との距離に不安を感じたりしながらも食い入るように猿達を見詰めていました。その周辺のものは食べ尽くしたのでしょう、樹に飛び上がり山に入っていったのですが・・・てっきり4匹の群れと思い込んでいた僕の目に
飛び込んできたのは、樹の枝に腰かけた無数の猿達でした。
あまりの多さに数えることなど出来なかったものの、30匹は下らないと思われる大集団だったのです。

 その数を見てびびった僕は、熊に遭遇したら視線を逸らさず、ゆっくり後退!の基本通りそ~っと後ずさりして車に乗ったのは言うまでもありません。
房総を南に下った勝浦という町の山中での出来事でした。
猪が畑を荒らすように、猿もまた精魂込めて耕した畑の作物を片っ端から食い尽くしてしまうそうです。
あんな大所帯なら、さぞかし大量の食物が必要なはずです。
作物を片っ端から食い尽くす事情がわからない訳ではないけれどせめて、畑の半分程は人間に残しておいてはくれまいかのぅ・・・。
 



1,17

       12年前


 なんとも不気味な地鳴りで目が覚めた。
地鳴りに続いて真下から突き上げられたような縦揺れ。
その後大きな横揺れ。しばらくの時間ゆらゆら揺れていた・・・・・。

 12年前の1月17日、早朝。
阪神淡路大地震が関西圏を襲いました。
当時、やきもの修行のため岡山におった自分は震度4強の揺れを体感しました。やきものの世界に入って半年たった頃です。
あの日は師匠が窯を焚き始める初日の朝。そう、僕にとっては初めての体験になる窯焚きが始まる、特別な日の朝でもありました。
 師の大きな登り窯には約4000点ほどの作品が詰められ、2週間にわたる炎の洗礼を受けるべく、静寂なる雰囲気を漂わせていた窯にも襲いかかった大きな揺れ。
震災にあわれ、被害を被った方々が多くおられたその時に窯や作品の心配しかしなかった自分ですが・・・
時間を追ってゆくうちに明らかにされてゆく、我が目を疑うほどの惨状。
まるで昨日のことのように思い返されます。

 震災によって亡くなられた方々の13回忌にあたる今年、改めて御冥福
をお祈りいたします。また復興に向け尽力され続ける逞しき方々に、陰ながらエールを送らせていただきます。
僕のやきもの人生の始点といってもよい1995年1月17日。
忘れない、忘れてはならない日。
 



いま頃

       初詣


 諸々のタイミングが合わず、参る機会を逃していた初詣。
陽気よし、体調よし、時間ある!3拍子揃った今日ようやく家族皆で詣でて来ました。
歩いてゆける距離に権現の森、武峰神社(ごんげんのもり、た
けがみねじんじゃ)があります。 

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 鳥居をくぐって100メートル程進むと、幾段もの階段が連なります。
ゆっくりゆっくり昇ります。

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 昇りきると平坦地が拡がります。
ここは古くは日本武尊が兵を休めた所だそうで、標高173m、東京湾と太平洋、房総半島を挟む2つの海を見渡せる場所にお社が佇んでいます。3年前の台風の折、倒木がお社を直撃し半壊しました。
翌年新しいお社が建立され、今の姿になったのです。
コトある毎にここへお参りに来ますが、詣でる目的の他にもう一つ、ここで根を張る大樹を見たい気持ちが足を向けさせます。

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 お社の裏へ抜けると下りの細い林道が続きます。全くの自然林の中を
くぐってゆくと、直径2メートルはありそうなもっこくや椎の樹、アオキ、ムク、ドロの樹等見事な木立が広がりトトロがいても不思議ではない気にさせられます。

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 帰り道、家の裏山に広がる梅の樹が遠目で見ると全体が紅く色付いているのに気が付きました。花付きを良くするための剪定を終え、蕾の膨らみ具合から察するに例年よりかなり早めの開花になりそうです。
春の訪れは喜ばしいけれど・・・・・冬よ、どこにいるんだ!



深夜の友

         ラジオ深夜便


 NHKのAMラジオ番組、ラジオ深夜便。
以前はただただ辛気臭い、年寄り番組としか感じませんでした。失礼!
深夜といえば関東圏ではニッポン放送のオールナイトニッポン、
関西圏では毎日放送のヤングタウン。若年層の定番!を聞いていた
一人でしたが、いつの頃からかそれらの番組をやかましい!、と感じるようになっていました。面白いけれど・・・ただそれだけ。
 そして、取って代わってラジオ深夜便の落ち着き払った番組構成に耳を引き込まれていきました。落語、ジャズ、朗読、対談。
夜が更ける毎に興味をそそる構成になっています。

 このような嗜好の変化は、ただ・・・歳をとったから、なのでしょうか?
もちろんそれも否定は出来ませんが、それだけではないような気がしています。おもしろおかしい刹那的な話よりも、生活や精神を豊かにするヒントを与えたい!みたいな意図を感じる番組作りをしている方へ耳が向かうのは、それを求める自分が居るからだと感じます。
が、イコール、それが歳を取ったってことだよ!っていう声がどっかから聞こえなくもないですなぁ・・・。
 ま、どうであれ、どうってことない独り言ですが。
深夜にゴトゴトうごめく自分には、今のところ最良の友ってことです。

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静かなる日々

         ぐい呑みを挽く


 敷地の向かいに広がる少年自然の家が開設以来最も静かです。
年明けからというもの、子供の元気な声が響いてきません。
去年の今頃は夏の賑わいには遠く及ばないものの、開放された子供達の歓声がここそこで聞けていたのに・・・
従って前面道路を通行する車も日に10数台程でしょうか。
人工的な音がしない、というのは静かでいいなぁと感じる反面
人の気配があまりに感じられないと、俗な自分はふと一抹の寂しさも感じてしまっている今日この頃。

 静寂を打ち破るように、ガンガンにフラメンコギターのCDを鳴らしてみたものの、悲哀に満ちた音楽性が災いして切なさを倍増してくれちゃいました。天候と気分、時間帯で流す音楽を変えていますが、今日は選択を誤りました、明らかに。
そんでも仕事、仕事。
ぐい呑みの日、です。自己の切なさが散りばめられたこれらぐい呑み群。

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 「泣き上戸ぐい呑み」とでも命名しちゃりましょう。



ちゅ~~~

       徳利


 徳利の口を造るときは自分の口をこうするんだよ。
ちゅ~~~!

 筒状に伸ばした土の先端を両手の親、ひとさし、薬指の3本で摑み
ロクロの回転に合わせてすぼめてゆきます。各指の力の加減を誤ったり
回転と噛みあわなかったりすると、上手くすぼまってゆかないのです。
頭で解っていても手元が感覚を失っています。
上手くゆきません。懸命にすぼめているうちに鼻の下の髭が鼻先にこすれる感覚に気付きました。
いつからでしょう?いつの間にやらちゅ~~~の口になっていました。すぼめたいのにすぼまらない土に反して、自分の口が思い切りすぼまっていたようです。
 弟子の頃、冗談半分に聞いていたちゅ~~~は本当でした。

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飛べ!

       イメージ


 自分のなかの漠然たる小宇宙にいろんなものがプカプカ浮いていまいす。その浮いたものを汲み上げて、何かの用途に適う形と融合させる作業を経て1つのかたちが建ち上がります。
そうして出来たものが「自分の形」といっていいのかどうかは解りませんが、体内から絞り出されたものには違いありません。
イメージをかたちに!

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 好いか悪いか、売れるか見向きもされないか。
そういった尺度とは無縁なものがあってもよいと感じます。
有限なる粘土の無駄遣い、で終始するかもしれませんが自分の体からナニモノかを絞り出す作業は続けてゆきたいものです。




旨そうな

       カリカリベーコン


 連休最後の日、横浜に住む姉夫妻宅へ出掛けました。
千葉と神奈川、東京湾を挟んでお向かいの位置関係になります。
隣県と言ってもいいのでしょう。しかも直線的に海底で繋がる東京湾横断道路もあるし・・・けれど、近くて遠い隣県なのです。

 直線距離にしたらいくらも離れていないのに、グルッと東京を廻らないといけません。なぜ?横断道路で行けばいいじゃん?
そう簡単にはいかないんですねぇ。
何故なら横断道路は上流階級専用道路、だからです。
庶民がおいそれ!と海底に潜るには参らんのです。なんせ通行料金がベラボーですから。
東京、神奈川に行くルートの選択肢に横断道路は含まれないのです。
はなから、鼻にも掛けられないのです。ベラボーな工事費用が掛かったであろうことは素人目にも分かりますよ、でもだからって料金もベラボーにするってのは如何なものでしょうか。
是非論はさておき、目の前に実際に存在するものに存在感を感じられない今日の横断道路。もったいないです。
僕ら庶民が高額な通行手形を払えないってことをお上は知っているのでしょうか。理論的根拠はないけれど、せめて、せめて半額にしましょうや。
僕ら庶民が「半額!」って言葉に弱いのは知っていますか?
通りますよ、通りますとも!半額ならば。
お上、頼みますよぉ。

 んでもって、久しぶりの神奈川上陸です。
道路脇は全て街。信号ばかり。歩道に通行人がたくさんいる。
毎度カルチャーショックです。
で、姪っ子の目の横には勇ましい擦り傷跡が。
はがれかけのかさぶたが、カリカリベーコンに見えて旨そうなことったら
ありゃぁしない。



すわっ!!!

       危機いっぱーつ


 昨日の真夜中の出来事。
乾燥しきっていない薪をストーブ天板に置き、熱気で
水分を抜こうとしていました。数日前から同じ試みをして危険はないであろうと判断したうえで。我が家の薪ストーブは本体の温度が高くなる輻射式のストーブではなく、二重構造のつくりゆえ比較的本体温度が低く保て、従って両脇と後方に壁が迫っていても安全!という特徴の対流式ストーブなのです。
 そんなこんなで、太い薪を半割りにしたものを3本程ストーブトップに
置いていたのです。

 仕事を終えた夜更け、このブログ更新をしていたところ、
ん?なんか煙たいな!向き合ったP.Cから目をそらし横を向くと・・・・・
部屋は白煙で充満!ワッ、と立ち上がり煙を掻き分け薪ストーブに歩み寄ると、薪から小さな炎と共にもうもうと煙が立ち昇っています。
熟睡中の妻がこの時飛び起きてきました。
なにっ!ナニッ?火事!?
そう言いながらも2人で全ての窓を開け放ち、燃えている薪はストーブに押し込み顔を見合わせて事の顛末をさっと妻に説明。
心拍数最大値の2人は窓の外に排出される煙を眺めつつ、
もう、やめような!薪を乾燥させるのは・・・なんて呟いているのでした。

 あと少し気付くのが遅れていたら、高く伸びた炎が天井に燃え移り
ほんまものの火事になっていたことでしょう。
夜更けのことで目はパシパシ、生憎鼻も詰まっていて部屋の変化に気付かなかった自分が情けない!
おまけに、可燃物をストーブに触れさせていた危険性を顧みることをしなかった自分の落ち度に、今更ながらゾッとしている次第です。
つい一昨日火の用心!なんて文章を書いておきながらこのテイタラク。
恥を忍んで告白しちゃいました。
 
 改めて、火の用心!!自分に向け・・・火の用心!!!!!!!






アタイの

       出番!

 常緑樹以外は落葉を済ませ、ひっそりと息をひそめる山。
遠景で見る限りなんとも寂しい風情を漂わせています。
けれど、ポソポソと山を散策してゆくとまさに、これからアタイがスポットライトを独り占めしますのよっ!!といわんばかりの者たちがそこここにいることに気が付きます。


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 地植えしてから4冬目のシャクナゲ。
固かった大粒の蕾がほころんできました。


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 3冬目を迎えるモクレン。
地植え以来初めて芽をつけました。開花が楽しみです。


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 2冬目のミモザ。この1年で幹周り、樹高共に急激に育った山一番の成長株。早くも実を付けたので2月中旬以降には黄色い花を咲かせてくれることでしょう。こちらも待ち遠しいです。


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 今が旬の侘び助。
茶花として重宝されるものですが、絶妙な命名、葉と花弁のコントラスト
の美際立つ姿といい魅力を強く感じます。
沈んだ色合いの花器に挿すと一段と魅力を増します。
陽の当たらぬ、ほの暗い部屋の隅なんぞに・・・小振りの黒ずんだ窯変徳利に、侘び助一輪。
絵になります。
画像のような明るめの色の花器、明るい背景だとボンヤリしちゃいます。

 冬に彩りを放つ幾多の花々、お目見えが楽しみです。



うらら

       春です!


 そう言ってみたくなるほどの陽気です。
寒さに弱い自分には、有難いなぁと思う反面・・・そろそろ凛とした寒風に吹かれてみたいなぁ、とも感じます。
なんにしても、暑さ寒さはその時期に相応しいものであって欲しいものです。
 とはいえ、最近の湿度は冬本番並に低いようです。
湿度の下がる季節に起こりやすいもの、ウイルス風邪、それと火事。

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 町内で起きた火事の焼け跡です。
民家ではなく鉄骨造の倉庫です。けが人がおられなかった事を祈ります。原因は分かりませんが、モノが焼けやすいこの時期皆様もお気を付けください。


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 野次馬根性丸出しで現場に佇むと、凄まじかったであろう火の威力を
否応無く感じさせられます。骨組みのずぶとい鉄骨H鋼は無残に折れ曲がり、木材は表面が炭化しきっています。
この画像を載せるのは面白半分の気分などではなく、普段の生活に活かせる戒めとなりえると感じるからです。
自動車事故を目の当たりにすると、我が運転を顧みるように火事跡もその効果があるのではないでしょうか。
 

       火の用心!カァ~ンカァ~ン!



       あかりに照らされて


 今宵はおぼろ月です。
満月に近いせいか月明かりが強く、樹の幹枝のシルエットを鮮明に浮かび上がらせています。
最近は何かと動きのある日中より、動くものの気配が静まる夜中に
モノを造る習慣がつきました。というよりも夜中動く習慣蘇る、と言ったほうが正確でしょう。
夜更かしは百害あって一利なし!なのかも知れませんが・・・

 もともと、夜行動物の自分です。
前世は人目を忍んで闇に生きる動物だったに違いありません。
夜より昼間の睡眠がより深い熟睡に導かれます。
当然、家族には嫌われます。
が、自分にとってはモノを造るのに適した時間はやはり、夜です。
集中力が増してくる10時頃から3時頃まで、この間は集中が容易に維持できます。
そんな時間にやるから昼間だらけるんだ!そんな突っ込みが身内から発せられますが、これが僕の譲れぬ造り手「一分」かもしれません。

 今宵の月は情緒豊かです。



大切なもの

       向かう先


 各家庭のお正月の過ごし方の断面を垣間見ると、それぞれ
ナニを大切にして生きておられるのかが伝わって来るような気がします。
「家」という舞台で、人が交わる様を観たり自分達がその輪に入る事で、
アア、僕らはここで生きている!なんて実感しちゃったりもします。

 正月三が日は単に365日の中の3日間、というだけでは無いような感じを受けます。気のせい、かもしれませんが・・・
何はともあれ、我が家は静かになすべきことをこなしてゆく日々の連続であります。三者三様、目線はてんでバラバラなれど向かいゆく方角に歩を進めてゆきたい、そう感じて止みません。

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新年!

       あけまして おめでとうございます。


 静かに2007年が明けました。
元旦、やはりいいものです。常と同じく子供中心の時間割になってしまう
1日ですが、元旦特有ののほほ~ん気分があふれます。
皆様におかれましても、よい年明けをお過ごしのことと思われます。
 
 さて、皆様は初日の出を拝むことが出来たでしょうか。
起きれなかった、天気が・・・等々で拝めなかった方のためにこちらで
ご用意を致しましたのでよろしければどうぞ。


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