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六地蔵山坊主

Author:六地蔵山坊主
 お蔭様で第4回の窯焚き、窯出しを無事済ませることができました。
遅々とした動きですが、確実にに前進している・・・そんな実感がじわじわ湧き上がっている昨今です。
春の窯に向け再始動します。



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物欲

       そそられまくり


 このあたりで最も大規模な電気製品店に行ってきました。
普段はとても物欲のない人間であると自負しているのですが・・・
電気店ってところはオソロシイ場所です。
欲しくなるものばかりが陳列されています。
デジタルカメラ、ビデオカメラ、携帯電話、液晶テレビ、炊飯器
掃除機、パソコン等々。魅力的なものばかりです。
 物欲がないと思っていたのは、思い過ごしだったことが今日分かりました。欲しくなりそうなものに目を向けないようにしていただけのコトだ!

 そうそう、今日のお目当ては加湿器だった!
ここ数週間、住居の湿度が30%そこそこで、薪ストーブを焚くと20%を切ってしまうこともあり、こりゃあ喉に好くないはずだ!ということで買いに来たのであった。30分近く迷った末15種類程の中から1台選びました。
湿気を帯びた空気の噴出口が熱くならない、消費電力が低い、
この2点が決め手でした。
もうちょいデザインがよければ尚よし!なのに。

 早速家にて試運転。
2時間程たった時点で、15%程湿度が上がっていました。
思っていたより好結果です。
夜、ストーブを焚きだすと30%台まで下がりましたが、以前よりはだいぶましです。
今夜はマイナスイオンとやらに包まれて寝てみよう。



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湯呑

       五態


 量産の手始めに挽いた湯呑。
自分が湯呑を好きなこともあり、いくつかの形を造っています。

DSC03918.jpg


 まだ幾つかの形を造りたい欲がありますが、湯呑だけで300個にもなってしまいそうな勢いなので初窯分はこの位にしておきます。

 ところで、うかつにも先日に続きまた風邪をひいてしまいました。
5年に1度ひくかひかないか、そんなペースだったのが今月2度目。
どうも、ヤワな体になってしまったようです。
自愛精神で身を横たえていては、このままヤワになる一方のような気がして悪寒に震える体を仕事場に縛り付ける自己流荒治療を選びました。
バカです。あほです。
でも、上手いことに頭がバカなら体もアホに出来ているもので、その治療法が効いたようです。熱が下がり、悪寒も治まりました。
後は頭痛と喉の痛みが引けばバッチリです。
動けるうちは動け!今回の教訓です。








姿・形

        そうなったわけ


 目に映るものが美しい!と感じるときその対象物に
羨望、感嘆、嫉妬、独占欲の念を抱いてしまいます。
優れた才能、容姿、発展力、実践哲学。そんな要素を内包して
いる人間を目を前にすると、卑屈になる自分がいます。

 ところが、人間以外の動物、昆虫、植物に対し美を感じ入った時

邪念のカケラはどこへやら、ただただ
 その美に酔うことが出来てしまう。
出来うるなら美しいと感じる箇所をやきもの作品に写したい欲求に駆られます。


DSC03905.jpg

 例えればこの蜘蛛。
手足と胴の完璧な配分。美術の世界で言うところの黄金比を具体化したモノが平面ではなく立体で平然と存在しています。
永い期間をかけこの形へと進化を遂げてきたのでしょうが、巣を架け、繕いそして獲物を素早く仕留める機能、目立たぬような擬態をも備え持つ姿かたちを体現化した結果得られたこの容姿。
主観的色合いが濃ゆい、思い込み甚だしい捉え方なのでしょうが
目を外に向けるとそんな美、だらけの自然界です。

 機能美、実用美。
言葉にすればそういったことなのでしょうが、それを具体化することは
むずかしいです。でも一生を通して向かいたいと願う方向に
稚拙な
ベクトルらしきものがかすかに見え隠れしています。
手探り、紆余曲折、勘違いを繰り返しながらその方向に歩き続けます。


 



ととのう

       量産体制


 粘土の配合を終え、初窯に向けた制作を開始しました。
比較的量産に向くロクロでの制作です。何から造ろうか迷いましたが
湯呑から手を付けました。
この日が来ることを永い期間願っていましたが、いよいよその日が
来たとなると何故だか腕や指先がビビッてしまい、いじいじした作品が挽き上がりました。

 時間の経過と共に体も心も造りこむ体勢に馴染んでゆくことでしょう。
ほんと、いよいよ、です。
がんばらなくっちゃ!


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       朝日を受ける


 雨上がりの朝は気持ちが好い。
真夜中に降り止み、しかも雲が去った後の朝日は格別です。
新しい日のハジマリ!という感じがしてなんとも好い。
そんな朝、大好きです。

 とはいっても、早寝早起きがすこぶる苦手の自分。
朝日を拝むのは大抵8時前。
すでにそれなりの太陽高度に達してしまっています。
しかも起きてすぐに、保育所に通う娘の身支度に追われ朝日どころではないてんてこ舞い状態。
毎日とはいわぬまでも、せめて気持ちの好くなるような朝には6時頃
起き出し、朝日を正面に受けながらラジオ体操なんぞで体をほぐし、
コーヒー片手に煙草をくゆらせる!なーんてことをしたいなあと思うことがあります。
 ただ気持ちよい朝かどうか確認するために一々起きてみることが
億劫だし・・・「気持ち好い朝センサー」みたいなのをベランダにくっつけ
枕元の端末が「き・も・ち・の・よ・い・あ・さ・だ・よ」って知らせてくれる
仕掛けがあればいいのに。

 そんな、たわけたことをのたまう僕をあざ笑うかのように
毎朝朝日を全身で受ける、とてつもなく大きい蜘蛛の巣が家の近くにある。夜露で朝シャンした巣の主が、羨ましげに眺める僕を哀れむように
見ていた。

DSC03890.jpg




闇照らす

       深夜の炎


 今晩は冷えます。
ようやく暦に歩調が合うような冷気が山を取り囲んでいます。
こんな晩は薪ストーブの存在感が一気に増します。
室外温度7度、室内25度。

 今年最初の本格的な焚き込み。
薪ストーブが真価を発揮するのは深夜だと感じます。
日中ももちろん心地よい暖を与えてくれはしますが、仕事を終えた
深夜にストーブの前に腰を落ち着けてしまうと、そこから動きたくない
気持ちにさせられます。
部屋の灯りを落とし、寝静まった家族の寝息を感じつつ炎を見つめます。
一通りではない炎のゆらめきに目を奪われ、冷えた体の奥底から
ジンワリ確実に温めてくれる薪の暖。

DSC03895.jpg


 一日の最後の時間。
贅沢極まりない気分に満たされ、おやすみなさい。



配合

       土造り


 それぞれ性質の違う粘土を造り終えました。
次はいよいよそれらの粘土を、造る作品に合うように配合してゆきます。
食器用、徳利用、大壷用など作品の用途に合う土を造るため、
また、目指す焼けを出すために性質の違う土をかけ合わせるのです。


DSC03892.jpg

 これは5種類の粘土を配合する壷用の土です。
紐で輪切りして5種を一まとめに揉みあげた後、粘土を練る機械に
入れます。この作業を2度繰り返すことで5種が均一に練られます。
棒状になった粘土を最後にビニールに入れます。
ここまでやって土造りがようやく終了となります。

 



これが

       アタシのいきる道


 やきもの修行時代になんやかんや大変お世話になっていた方が
岡山から遠方はるばる山に来て下さいました。
どんな環境に身を置いてやきもの屋生活を送ろうとしているのか
この目で見ておきたいからね!そう仰ってくれます。ありがたいお気持ちです。

 久しぶりに岡山・備前のやきもの事情をナマで聞くことが出来ました。
窯業地を離れポツネンと居を構えていると、時折本場のやきもの談議に
参加したい気持ちが膨れ上がることがあります。
共通項を持ち合わせた者同士のみが交わせる会話、話題が恋しいのかもしれません。といってもバカ話が大半ですが・・・
 いろんな話をする中で、窯業地ではないこの千葉でどうしたら
頭角を現すことが出来るのだろうか?という難題に、共に頭をひねって
考えてくれ、いろいろなヒントを与えてくれました。
窯業地にあっても廃業に追い込まれる軒は多い現状ですが、同時に潤っている軒が多いのもまた事実。巷で言われる勝ち組、負け組がはっきり
区分けされているようです。
勝ち組を目指す!とかそういうことではなく、自分の描くやきもの屋生活を現実のものとするためには目標設定をどこに置くのかが大事なことです。

 目まぐるしく変わりゆく時代の趨勢を客観視する力、
人々の需要を読み解く力。これらは最低限備えなくてはいけないようです。とはいっても外的要因の変動の波に呑まれて、迎合を繰り返す生き方はしたくない。変なプライドなのでしょうがこれは譲れない。
そんなせめぎあいを一生続けてゆくのかも知れません。
 話の結論なんてものは出るはずないのですが、あーだこーだ言い合う
ことでほんといろんな刺激や実現可能なことの糸口を感じ取ることが出来ました。お蔭様です、どうもありがとうございました。

 まだまだ先のことでしょうが、「これがアタシのいきる道」なんて
口ずさみながらロクロを廻していたいものです。

DSC03881.jpg 



病み上がり

       精をつけにゃぁ


 嘔吐を繰り返した反動で視界に入ったもの全てを食い尽くしたい衝動に駆られています。ただ、気持ちはそうでも胃が縮んでいるのでしょうか、
思うような量を食べることが出来ません。
そのせいでイマイチ元気が蘇ってこないのです。
 
 こんな時にゃガツンと精の付くものを食べ、日常を早く取り戻したい。
ユンケル、マムシエキス、すっぽん、うなぎ。
いえいえ!山に入っては山に従え、です。
今の時期、まさに掘りごろの自然薯が土の中から手を振っているではあ~りませんか。
ということで、細身の剣スコップ片手に裏山へ潜りました。

DSC03888.jpg


 切り込みの入った黄色の葉が自然薯のありかを知らせてくれます。
ツタの太さで地中の獲物がどの程度の大きさかが分かりますので
太いツタを探します。
僕の住む山一帯は良い自然薯が取れるらしく、ここそこに深く掘られた
痕跡があります。中には1m50cm程の深さもある穴がぽっかり
口を開けた状態で放置されています。埋め戻しをしていない行儀の悪さに腹立たしさがこみ上げる一方、どえりゃあ長いモノを掘り上げたもんだぁ、と羨望、妬み、感嘆の念が入り混じった気持ちで穴を覗いてしまいます。当然の様に太いツタは先着常連に根こそぎ持っていかれています。
 
 今日歩いた範囲での、残り物の中ではこれが1番太い!というツタの根元を掘り下げてゆきました。

DSC03886.jpg


 40cm弱の小振りな自然薯です。
老練なる常連達が大物を見逃すわけありませんから、来年以降に
掘り出そうとして残していたものだと思われます。


 自然薯の成長サイクルは掘り起こさなければ、年々太く長く育ってゆく
ものらしいので細いツタのものはじっくり歳月をかけ見守るそうです。
いよいよ太くなったのを見計らい、さあ掘ろう!と勇んで行ってみると
既に先客に掘られた後だった、な~んてことがよく起こるそうです。
 もちろん、どの山に入ったにしても山の所有者がおられるわけで
僕のようなならず者は当然不法侵入罪にあたります。
ですから公にする馬鹿はそうそういないわけですが・・・ここに大のつく
馬鹿者がおることを笑い者にこそすれ、訴えずにおられますようお願い申し上げます。




眠れぬ夜

       の友


 昨日一日中寝ていた後遺症です。
まるっきり眠気が起こりません。
そんな夜長の友にぴったりのこの日記。
風邪から復調したとはいえ、冷える仕事場で夜中の仕事をするわけにもいかずこうしてぬっくい部屋でピコピコ文章を綴っていきましょう。
 ぬくいのは今年初焚きした薪ストーブのお蔭なんですが、外気温が
そう低くないせいでしょうか、薪4.5本で27度までなりました。
熱効率のよい薪ストーブならではの効果です。室温が高くなり過ぎたので
薪の投入は止めましたが、ストーブ本体が熱くなっていてその放射が
朝まで続くので一度上がった室温は下がりづらいです。
真冬にはさすがにこうはゆきませんが・・・

 さて昨日のこと、やきもの仲間のNさんが仕事場に寄ってくれました。
敷地の造成時に見つけた粘土層を掘り起こし、あわよくばやきものに使いたいと皮算用していた粘土の試験焼きを彼にお願いしていたのです。
Nさんは東京を拠点に各地で個展を開く作家ですが、近々ここ長柄に居を移し作陶生活を新たな環境で再出発させようと意気込む方です。
そんな彼の忙しく回転する窯に試験焼きの作品を無理言って入れてもらいました。

DSC03875.jpg

 想像していた以上に粘土分以外の不純物が多く、
よって収縮率の高い土であることが分かりましたが懸念していた耐火度
は心配ないようです。
どんな粘土にも耐えうる温度の上限があります。その上限に遠く及ばない温度で焼いても素焼き状にしかなりません。逆に上限を超えてしまうと
土自体が焼きただれてしまい、原形を留められません。
そのことから推測するに、この長柄粘土は素焼き以上崩壊未満ということで、自分の登り窯で焚こうとしている温度帯で充分焼け締まる粘土といえるでしょう。まずはひと安心です。
 ただ、見ての通り割れが走っています。これは収縮の大きい土の
宿命です。縮みが大きいということは、熱によって粘土が動く(縮む)
わけですから立体の弱い部分がこうして割れてしまうことが多いのです。
とはいえ、解決法はいくつもあるので欠点とはいえないでしょう。
 そしてこの土の最大の特色は含有成分に鉄分が多く含まれるということです。鉄分が多いと生地に色が付きやすくなります。
赤松の灰との相性がどうかはまだ分かりませんが、生地に色が付きやすいと灰とのコントラストが強くなり、見た目の派手な焼き上がりになる可能性が高いでしょう。
広い窯の内部には灰の掛かりにくい場所がいくつも生まれてしまいます。
そんな場所にこの粘土を置くことで、少しの灰の掛かり具合でも見栄えのする作品が出来るのでは?なんて期待も膨らみます。

 この土の個性の一端を摑みましたが、まだまだ可能性を秘めた土
であると確信しました。そんな結果をもたらしてくれたNさん、どうもありがとうございました。


 




おそるべし

       子の菌


 保育所通いの娘が、3日前に嘔吐を繰り返す症状を小さな体に抱え
て帰ってきました。口から入れるものは何であれ戻してしまうので
脱水症状手前だと想像した僕らはお医者さんに点滴をお願いしました。
親の僕すら受けたことの無い点滴を、2歳に満たない子に
受けさせるのは抵抗があったものの止むに止まれぬ選択でした。
 幸い、その甲斐あってか途端に戻す症状がなくなりました。
干からびた体が水分を欲するのでしょう。
貪欲に水を求めてきますが、量の指示を受けていたので泣いて叫んでもそれ以上には与えません。切ないものです、子の欲しがるものを制限するってコトは。

 それでもとんとん拍子に快方へ向かい、やれやれ、ほっと一息・・・
その晩就寝した自分が30分おきに嘔吐を繰り返し、翌朝妻が
同じく嘔吐。
子の体内から退避した菌が僕らに移ってきました。
子供の世界で流行るウイルスなど取るに足らぬ!存在と思っていましたがこれがまあなんと強烈なる菌だこと。
胃の中が空になっても際限なく吐き気をもようします。
体のあちこちが痛くなり、横になるしか手立てがありません。頭痛、悪寒
もう風邪の症状売り尽くしセールってなくらいの品揃えです。
 たまらず親子3人で病院へ。
症状をみた先生が即点滴を指示。念願叶って?人生初の点滴!
妻も隣のベットで点滴。それも昨日娘が点滴を受けた同じベットで子に遅れること1日の点滴です。
受診後吐き気はなくなったものの、子の様にトントンとは良くならず
悪寒に震える体を布団に巻きつけて寝る一日でした。

 横になりすぎて腰が痛みますが、起きてなんやかんや出来るように
なった今日、つくづく感じたことはやっぱりありがたいなぁ健康って。
元気があればなんでも出来る!ほんとそうだよなぁ、と感じます。
明日からポツポツ、またがんばりましょう。
子の世界に限らず風邪の多い季節、皆さんも気をつけましょう。

追伸
 点滴を受ける1時間って悪寒と闘いながらでとても辛かった!
ある程度の症状回復は出来たものの万能ではないのだなって感じ。
帰り際、先生含め皆が皆笑顔で見送ってくれたのは何か気にかかるなぁ。2日で家族全員が点滴を受けたことに同情してくれての笑顔なんだろうか?



擬似

       布のように


 粘土の塊を叩いて板状に延ばし、縁を持ち上げ皿を形造ります。
布をふわっと床に置くようなイメージを頭に描き、叩き延ばしていきます。
素材は粘土なのに、布をイメージする自分。
・・・・・なんか変ですけど。


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 布のように薄く延ばすわけでもなく、皺を作るわけでもなく
どこにも布に相通じるものはないのですが・・・
それでも自分にとっての皿のイメージは布、なんです。
 人にとってはどーでもよいコトなのでしょうが、こんな思い込みが僕には大事なんです。
まあ、何にしてもどーでもよいくだらねー話でした。









       本日、息切れのため開店休業いたします。

                      山のじいさんより


結実

       山椒


 ここの山と付き合い始めて4年が経ちます。
当時、住まいの予定地に背丈程の山椒が一本立っていました。
ゆくゆくは幹をすりこぎに出来そうな太さに育ちそうだったので、
敷地の縁に移植しました。

 その後、幸いにして枯れることなく葉を繁らせてはいましたが
実を付けることはありませんでした。
周囲を雑草に囲われていることで先日までは、その存在を忘れていたのですが・・・

DSC03860.jpg 


 3日程前、お向かいの施設に泊りがけで来ていた小学生が
カラス瓜の群生を目当てにうちの山へ入ってきました。
窯場で作業していた僕に瓜を取っていいですか!と聞いてきたのは
よいとして・・・前置詞におじいさん!といいやがった。
「おじいさん、瓜を取りにそっちへ行っていいですか?」
なに~!おじいさんだと!不精髭は伸び、前頭葉も寂しい限りではあるけれど、36歳の僕をおじいさんだと~!
よっぽど断ってやろうとも思ったが、いやいや!そりゃあ大人げないと思い返し好きなだけ取らせてあげた。
ご丁寧に去る時も
「おじいさんありがとうございました!」とぬかしてスタコラ走り去った。
至近距離で顔を見たはずなのに・・・
おじいさんからおじさんへの格上げはなかった。
かなり凹んだ小学生との会話でした。

 そうそう、その
濃い朱のカラス瓜が写真の右上にたわわに実っていたお蔭ですぐそばの山椒に目が留まったのでした。
悔しいけれど、おじいさんと言ったガキ共のお蔭で思い出した山椒の存在。近くに寄ると初めて付いた実の
鮮やかな赤が僕の怒りを和らげてくれたのであった。





喚起

               連想


 ○○の様だなぁ、これ。
見る人によって様々な連想を起こさせる作品を造りたい。
明瞭な模写ではなく、自意識をオブラートに包んで人の目に晒す。
そうしてゆきたいものです。


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 粘土を触らなかったここ4年間、自分のなかでいろいろな変化が起こりました。以前の自己を掘り起こすことより、きれいごとを並べるより、
その時点での自己を掘り下げることのほうが大切に感じます。
時が経ちふと、振り返った時にこっぱずかしい思いをするにしても
その瞬間と自己を切り売りして表現してゆきたいもんです。


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 このブログも、やきものも。



天邪鬼

                        遡る


 自分の中に存在する懐古性。
今時なことに抵抗を感じるこころは20歳を過ぎた頃から顕著に育ったように思い返します。
ナニが発端でそうなったかは今でも分からず、ですが
元々そうなってゆく土壌が自己に備わっていたのでしょう。
 新商品!流行!乗り遅れるな!今風!
生々しく煽り立てる宣伝には耳も目も貸さず・・・
自分の感覚に触れ、心地よいと感じるものを大事にしてゆきたいと
思って来たしこれからもそうでありたいです。

 そんな自分が強く惹かれるもののひとつに弥生式土器があります。
その姿は博物館や書籍でしか見れないのが残念ですが、
自分の裡に蓄積してきた弥生のイメージを具体化してゆきたい。
まだまだ表面的な模倣の域を出ないにしても、継続的に取り組んでゆきたい題材です。

DSC03846.jpg


 





手びねり

         扁壺


 「へんこ」と読みます。
かたよった形の壷、という意味だと理解しています。
僕自身大層かたよって不均衡な人間だからでしょうか、
明確なフォルムを頭に描かずに形造ってゆくとついつい扁壺になります。
それと、ひしゃげた形が好きなんだろうな、とも感じます。

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 粘土の塊を薄く引き伸ばしてゆくロクロ成形とは違い、ひも状の粘土を積み重ねて形造ってゆく原始的な手法の手びねり。
自由に形造れる手法ゆえ、規制のない世界に踏み込むことが出来ます。
単に形だけの問題ではなく、素材である粘土の個性を直接的に
表現しやすい手法とも言えるでしょう。
 規制のない世界!あぁなんて魅惑的で素晴らしき言葉の響き・・・
ですが、なんの規制もない道路が走りづらくかつ危険である、
のと同じように独りよがりの暴走車になりやすくもある世界です。
自己規制!自らが抑制することを覚えないといけね~な、と感じます。

 が、危険と隣り合わせの世界は実に魅力的でもあります。






チグハグ

       見慣れぬ対比


 日中のこの暖かさは何なんでしょう。
屋外で重労働をしていると坊主頭から汗が滴り落ちます。

 毎年秋の初めには、気候の安定する今頃の季節が2ヶ月位続かないかなぁ!なんていう希望を持ってしまう自分ですが・・・
一日を通して半袖のT
シャツで過ごせる11月はサスガニおかしいんじゃないでしょうか?

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 山を歩くとあちらこちらに、んんっ!こりゃ変だ!!
とつぶやいてしまう現象が起こっています。
満開の朝顔。
南向きの立地とは言え、11月にこんな元気な朝顔は見たことない。
このままお正月まで咲いていそうな勢いです。
多少色褪せしたものの芝生も元気な緑色。

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 西向きの朝顔もほら元気。
そして、少し色付いてきた楓と朝顔のあり得ない同居現象。

 寒くならないのは何かと都合は好いけれど、季節が狂うとなんだか座り心地の悪い椅子に座っているようで落ち着かないものです。
暖かな行楽シーズンが長く続くことはよい事なのでしょうが、ねぇ。

 チグハグ感、過ぎたるは、気味悪しです。






煤竹

       飴色の肌


 古梁材と共に頂いてきた煤竹(すすだけ)。
昔の民家は茅葺き屋根を支える構造体に真竹を使っていました。
今でいう垂木の役目を竹が担っていました。
細くてもしなやかで折れにくい竹の性質を最大限に
活かした、
適材適所の見本とも言うべき知恵の結晶です。

 囲炉裏で焚かれた煙によって永年燻されることで更に堅牢な材へと
成長してゆくのでしょう。建築当時に使用する竹の伐採時期を誤らなければ、虫による被害はないでしょうから平気で100年、200年持つ素材なわけです。 


DSC03804.jpg


 この煤竹、解体時は煤にまみれているので一見小汚い竹にしか
見えません。けれど濡れ雑巾で煤を拭ってみれば、妖艶な飴色の肌が
姿を現します。
銘木ならぬ銘竹として重宝される材です。
茶道具や籠などに加工されて高価売買されるそうです。

 僕の場合、見た目の美しさを求めてではなく
粘土を削ったり細工する道具を作る素材として煤竹を探していました。
燻されたことで竹の繊維が締まり、よりしなやかになった材でヘラを
作ると独特のへら目を出せたりするのです。
古梁材同様、貴重な材料が巡ってきたわけです。


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 見た目が美しい、加工してからも使い勝手がよい。
祖先の知恵と永い歳月の経過がもたらしてくれる恩恵。
ありがたや、ありがたや。




200歳

       健在


 先日運搬した古梁材を薪にしました。
材を玉切りにしてから、ヨッセイ!っと斧を振り落とすと
気持ちよくパカッ!と割けてくれます。樹種によっては乾燥しすぎた材は硬くなり斧の刃が入ってゆかないと言われていますが、針葉樹の中でも柔らかい赤松に限っては一振りで割けてくれます。

DSC03802.jpg
 
 断面の年輪を数えてみると80~120年間生育した樹であることが
分かりました。その樹齢の樹を使い建築された民家が先日、
役目を果たし解体されました。
その民家の構造を保ち続けて約100年。
つまりは200年ほど前に山に生え始めた樹をこの手で割いているってことになります。
200年前に生きていたものが、姿や役割は変わったにしても今でも
現存し、新たな役割を担おうとしている事実。
これって凄い事実です。

 大量生産、大量消費の恩恵受けまくりで生きている自分や現代の
社会。はやり、すたりの急流に呑み込まれ自分の足元すらおぼつかない自分・・・。
現代で作られたものが200年後まで残っていそうなものってナニがあるでしょう?考えれば考えるほど薄っぺらな自分が浮き彫りにされていくようでツライ。
 都合に合うコトは、都合よく現代に迎合し、受け入れられないところは意地を張ってでも自己を貫く!そんな和洋折衷みたいな生きかたしか
目指せない現代の中の自分。
200年後とまでは言わないものの、せめて100年後の後世に自分の作品を遺せれば、これ幸いです。



こんな日は

               ぬくい場所へ


 台風に負けず劣らずの猛列風が吹き荒れた午後でした。
少し弱った樹の枝、葉を一斉に淘汰してゆく風。
ハサミを振りかざす散髪屋が山を通り過ぎたかの様な光景です。

DSC03801.jpg


 そんな風の吹き荒れる中、仲間の溜まり場であるログハウスべあへ向かいました。
同町在住の絵本作家、どい かやさんの原画展がお目当てです。
家族揃って彼女の絵本を好きで、特に1歳半の娘は日に10回は絵本を開いて読んで聞かせてくれろ!とせがむ位愛読書になっています。
好きな作家が近所に住んでいるという幸せを味わえています。
 そうそうお目に掛かれない原画展が11月13日まで催しているので
覗いてみてはいかがでしょう。
詳しくはhttp://logbea.blog34.fc2.com/blog-entry-306.html

 彼女の絵本はお人柄同様<ぬっくい>です。
個人的には寒い夜、薪ストーブの前でくつろいで読みたい絵本です。
まさにこれからがその季節・・・



 



手より

       活きる粘土


 地面から掘り出された粘土を自然乾燥した後、粉砕機で砕く方法の他にもう一つあります。機械を使わず、ケレンハンマーを振り粘土の塊を細かくしてゆく方法です。

 有無を言わせず機械でゴリゴリ押し砕くのとは違い、
我が手でコンコン塊を切り刻んでゆくので、砂や小石がかんだ部分を
取り除きながら純度の高い粘土を精製出来る利点があります。
それに砕くのではなく切ってゆく感じなので、
粘土の組織を必要以上に壊すことが無く本来の姿に近い状態で活かせる感覚がします。
この方法を<手より>と呼んでいます。
 理想を言えば、使う粘土全てを手よりで精製したいのですが
いかんせん手間と時間がべらぼ~に掛かってしまうために、選んだ粘土の限られた量にしか用いることが出来ない現状があるのです。

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 千手観音さま、とまでは言わないものの我が胴に8本程腕が付いていたらなぁ!な~んて事を考えてしまう罰当たりな自分です。




鏡よ

               かがみ、かがみさん


 ある形を造る前段階で、頭の中のイメージをより鮮明にしたい時は
簡単なデッサンを描いてみます。
それから制作に入りますがデッサンの通りに仕上がることは稀です。
大概形造る途中で完成形が変更してしまいます。
特に変更の多い部分が肩から口にかけてのつなぎの線。
そして口造り。

 この2点も描いたデッサンとはまるきり別物に仕上がりました。
素材が柔らかいからこそ出来る変更ではありますが、
時折、意志の弱さこそが変更する最大の原因なのではないかと感じます。移り気な性質の現れなのかも知れません。
そんなこちらの勝手な<揺れ>を意に留めることなく従順であり続ける粘土という素材を、すごい!と思えたり、怖いなぁ!と思える時があったり。

 心の裡を映す粘土・・・恐ろしくも、なんて魅力溢れる素材なのでしょう。

DSC03764.jpg



 



とびきりの

       おまけ


 昨日運んだ松の古梁材に、歴史を感じさせるモノがくっついて来ました。打ち込まれたままの和釘です。

DSC03787.jpg

 1本だけでも手に入れたいなぁ、という以前からの願いが
ひょんな成り行きで叶ってしまいました。
和釘の周りを慎重に掘り下げて、最後はテコの原理でやんわり掬い上げ
無事摘出成功です。

DSC03794.jpg


 長さ135mm。
替折釘(かいおれくぎ)という名称だそうです。
途中から湾曲していますが、それさえも美しいと感じます。

DSC03791.jpg

 和釘とは明治時代の中頃まで建築物に高い頻度で使用されていた
日本独自の鉄製の釘です。江戸時代の初期までは鍛冶屋が
1本1本鍛え叩き打ち出していたらしいのですが、それ以降は需要の高まりに生産が間に合わず鋳物製法へと変わっていったそうな。
明治に入り洋釘が出回り、和釘の生産は衰退していった経緯があるそうです。
 我が手元に巡り来た和釘は建築物の年齢から推測するに
和釘が衰退してゆく最中に鋳物製法で造られた代物ではないかと、
つらつら思いを巡らしています。

 よくぞ、この手にたどり着いてくれたものだ。

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えぇ!

       そーなんです


 いってきました。積んできました。かえってきました。
昨日の予告通り、朝のハヨから山を発ち、途中この情報提供者である
T氏に同乗してもらい東房総へ向かいました。
道半ばで美しい朝日を拝み、爽やかなる秋風を額に受け気分爽快!
渋滞なくスイスイと目的地に到着。
出足はすこぶる順調なのであった!

 着いた現場は既に家の解体が終わり、頂ける梁材は親切なことに
1箇所にまとめて置いてくれています。

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 ただ、地面に敷いていた鉄板も解体業者がきれいに撤去して
進入路の表層が土であることに一抹の不安を感じつつ、でも材に横付け
しないことには作業が捗らぬ!ということで恐る恐る・・・バックで進入。
ソロリソロリ、程よい距離まで材に近付いた時、ニュポッ!!!
覚えのあるある感触が後ろタイヤから伝わってきました。
そうです、ハマってしまいました。
積み込む予定の材を横目に見ながらのタイヤ脱出大作戦。
 T氏の助けで何とかぬかるみから抜け出られたものの
地盤のしっかりした所に停めざるを得なく、材からかなり離れた位置
まで前進。

 最大限伸ばしたクレーンがやっと届くか届かないかの、作業能率の悪い位置です。材を積み込む方法は一つ。
クレーンの安全可動範囲までワイヤーとロープを使いたぐり寄せ、
改めて材の重心を吊って荷台へ収めるしかありません。
この時点で今日の作業は長丁場になることを覚悟しました。
すんなり行かないのが我が人生、我が人生に悔いナシ!

 昼過ぎまでかかって24本の古梁材を積み込みました。
5時間以上掛かりはしましたが、ここでもT氏の勘所を押さえた見事な
働きに助けられました。



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 肝心の材は、表面こそ囲炉裏の煤で汚れてはいるものの
チェンソーで切った断面を見る限り、ひと皮削れば素晴らしい表情を見せてくれるに違いないと思わせる様な色気漂う良材です。
これほどの材で組み上げられた古民家は移築再生こそが相応しい道のりなのでしょうが、その縁に恵まれませんでした。
T氏を介してそのような材に出会えた事、そして無事運び終えた事
またその材を窯に捧げられる事を感謝しております。
この材に関わった方々、家主の方へお礼申し上げます。
ありがとうございます。

 厳密に言うと・・・
2t以上積み込んで走行すると過積載違反になりますが
前回の鉄鋼スラグ運搬同様、限度の倍は積み込んでしまったことを
トラックに謝る気持ちも併せ持つことを付け加えておきます。

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 現場に唯一本残してきた材。
尺二寸角(360mm)の大黒柱、欅です。
昔の大工の仕事振りがホゾ穴を通して伝わってきます。
この材は彫刻される方の先約があって持ち帰れませんでした。
なれば、彫刻に使わないであろうホゾの部分だけでも・・・
との願いを込めてメッセージを残し、帰途に着きました。

 Tさん誠にお疲れ様でした。そしてありがとうございます。




明日の

       相棒


 先日のこと、ありがたい情報を知人が知らせてきてくれました。
古民家の解体をしたから、梁の赤松が欲しければアゲルヨ!
聞けば1尺(約300mm
)程の太さ、長さ1間半(2730mm)程の良材
だとのこと。
実は近々窯の空焚き(窯の湿気を抜くためだけの目的で焚くこと)を
するのですが、燃料となる松の乾燥材を探していた最中でした。
 そこへ転がり込んだ何ともグット!でナイス!な、お話だったので当然飛びついちゃいました。
古材梁を燃料に・・・もったいない使い方だと感じないでもないのですが、
窯に築100年の古材の息吹を注入出来るような感じがするので
ありがたく頂戴して来ようと思うのです。

 目的地まで片道2時間。
少なくとも2往復はする、あわよくば3往復・・・
欲張り爺の性でなるたけ多く頂いてきたいと、とらぬ狸のなんとやら。
まあ欲を張らずに安全運転で行って来るとしましょう。
明日大活躍するであろう相棒を紹介します。


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 2tユニック車。小型クレーンの付いたトラックです。
陽の昇らぬ時間に出発するので、今日の夕方にリース屋から借りて来ました。この方法だと1日のレンタル料+800円(保険料)で借りれるのです。
何かの機会には是非そうした方がお得かと思われますよ。

 では行ってきま~す。




違和感

       まっぴるまから?


 僕達の住む山の向かいに、広大なる敷地面積を誇る自然少年の家があります。
近隣の千葉市内の小学生各団体が様々な屋内外体験を出来るようにと、水田、畑、遊歩道、広場、ログハウス、体育館、炊飯場、営火場等々
の設備を併せ持つ一大レクリエーション舞台が整えられています。
そう、まさに人工区画された自然!の遊び場が広がっているのです。

 陽の高い時間はとことん遊び、腹が減りゃあ炊事、陽が沈めば
キャンプファイヤー、それでも物足りなければ肝試し。
もう何でもござれ!治外法権ここにありっ!てな位有頂天になって
喜ぶ子の姿を目の前で見る事が出来ます。
 大体のカリキュラムの流れを摑んだ積もりだった自分ですが・・・
今日、不測の出来事が目の前で繰り広げられました。
昼過ぎのこと、作業の合間に昼飯を食べに2階に上がると人の輪
の中心で炎と煙が上がっています。

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ん?昼からキャンプファイヤー?
自分の中の薄い辞書には、明るい時間のキャンプファイヤーという記述
はないのでしばらく呆けるように全体図を眺めていました。
音頭をとる先生は盛り上げ工作に必死ですが・・・案の定、生徒達は盛り上がりに欠ける不完全燃焼ファイヤーにしか見受けられませんでした。

 そりゃそうですとも、先生の大きな声も明るく澄み渡る11月の空へ
吸い取られるばかりです。先生のテンションに付いて行けない生徒を攻めることは出来ません。
誰も悪くないのです。明るいうちに火を焚くことにした計画自体が全ての過ちです。
サ~ラスポンダ~さ~らすぽんだ~サ~ラスポンだ!えっせっせ♪
と太陽は似合いません。揺れる炎がジリジリ顔を照らす中踊り
歌い、時々好きな娘と視線がぶつかる!暗がりの中だからこそ気分が
燃え上がるってのに・・・・・

 大人はわかってくれない。







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