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六地蔵山坊主

Author:六地蔵山坊主
 お蔭様で第4回の窯焚き、窯出しを無事済ませることができました。
遅々とした動きですが、確実にに前進している・・・そんな実感がじわじわ湧き上がっている昨今です。
春の窯に向け再始動します。



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魅力あるもの

       器あれこれ


 器に必ずあるもの。
地に付く高台と口に触れる口縁。
器の範疇にあるものには、この二つのパーツが必ずあります。
誤解を恐れずに言うならば、下(高台)と上(口縁)が好い造りならそれは
よい器の筈です。
高台から始る線が口縁で完結するのですから、立体の輪郭を司る重要な初めと終わり、です。

 ここの造りが上手い人は、やきものという工芸物の作者として
優れていると評価されています。
上手い、と表現しても何が上手いの定義なのかは説明
出来ない自分ですが・・・
感覚的には、目に留まった器が手に取りたくなるものか、又
そっと口当たりを試してみたくなるものか。
これが自分にとっての判断基準です。
人により好し悪しの基準が違うことは当然ですが、
それぞれに感覚的な基準の線引きを持っているのでは、と想像します。

 やきものの弟子の頃、週に一度の休日には大抵街に出て
やきものを見て、触って一日を過ごしていたものです。
産業としてのやきものが成り立っている一大窯業地でしたから、
地元に限らず、各地のやきものにも触れる機会の多い土地柄でした。
やきもの屋を目指す上で、そのような環境に身を置ける
事は今にして思えば、この上なく恵まれたことであったなぁ、と感じています。
その恩恵をナントも感じずにいた自分ですが、その当時
とにかく見るもの触るもの全て、片っ端から高台と口縁の
造り、口当たりを隈なく味わっていた時期がありました。
 ギャラリーやデパート、古美術店の各店員さんにとって
さぞかし嫌な客だったろうと思います。
なんせ、商品の器を重たかろうと、大きかろうとクルッと裏返しに
したかと思えば、器の口をベロベロ舐める、それも汚い不精ヒゲを伸ばした口で・・・
堪らないでしょうね、きっと。
でも不思議な事にそんな暴挙を咎める店員さんは、極少数でした。
 何故か?
ここが窯業地の凄い所だと感じるのですが、
見るからに汚い格好をしている若い人の90%はやきものの弟子。
そんな輩(僕もその一人)はやきものの弟子と相場が決まっていて、
店員さんもそれを承知した上で、汚いからやきもの屋の卵だ、勉強してんだなぁと優しく?見守ってくれるそんな土壌が確かにあるんですねぇ。


 そんなものだから、お蔭様でありとあらゆる器の高台と口当たりを
味わえました。
その経験上、特に口当たりの大切さを痛感するに至りました。
いくら雰囲気や形の良い器でも、口という敏感な部位に直接当たる
口縁が好くなければ、魅力のないものになってしまいます。
であれば、逆に口縁が好くてその外は良くない場合は?
それもやはり魅力に欠けますよね。
 と言う事は、口当たりが好く、高台も雰囲気あり、それを結ぶ線
も違和感ない。
そんな器を造れば自分自身が納得するのでしょうが、
なかなか、それが難しいもんです。

DSC02854.jpg

 いくらたくさんの器をベロベロして、心地よい口当たりを
感じ取れたにしても、いざ実際に造ってみると・・・全く魅力を感じられない
自分の器です。
 むずかしいなぁ。

DSC02855.jpg 


 


 


 






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