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六地蔵山坊主

Author:六地蔵山坊主
 お蔭様で第4回の窯焚き、窯出しを無事済ませることができました。
遅々とした動きですが、確実にに前進している・・・そんな実感がじわじわ湧き上がっている昨今です。
春の窯に向け再始動します。



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ミスターXは見ている

       遠いなぁ 煙突までは・・・・・


 昨日、今日の涼しい強風に晒され、
予想以上に被せた粘土の乾燥が進んでしまいました。
梅雨のジメジメした中でやりたかったのに、時期を逸しました。


 粘土の収縮によるひび割れにばかり気が向いていたスキに、
違う原因でのひび割れにやられてしまいました。
急激な乾燥と、粘土の自重に耐え切れなかった為に
出来たひびです。
 湿度が急に下がり、しかも強風。
これではよく乾いてしまう筈です。
 もう一つは粘土の縮み幅を減らせるために用いた
鉄鋼スラグを粘土に混ぜた為、粘性が減り土同士の連結が
弱まってしまい、結果アーチ状に被せた土が自重に耐えられず
ズレ落ちてしまいました。

 勘の良い人間ならば想定出来るのでしょうが、
僕の場合そこまでは考え及びませんでした。
ズレ落ちた部分の断面はすでに硬くなっていたので、
水を含ませ柔らかくしてしてから再度塗り合わせました。
いやー、いろいろ起こるもんだ!
多分まだ序の口なんでしょうが・・・


DSC02901.jpg


DSC02904.jpg


DSC02905.jpg

 右往左往する僕の全ての動きを
天井から見ている、ミスターX。


 DSC02900.jpg

 明日もまた、ドタバタ劇を見られてしまうんだね。




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記憶の記録  8

       両親の長柄生活、開始


 2004年春。
 窯屋根が出来上がった頃、両親宅の竣工も間近に迫る。
ライフラインの整備もほぼ終わる。
窯屋根建設の後に控えるのは、雨の度にぬかるむ
庭予定地の整備。


 事始に、井戸ポンプ小屋を造る。
地下130mから汲み上げた水を、一時的に貯める貯水タンク
が錆び易いのでそれを覆う小屋が必要。
併せて物置がいるということで、タンクと物置の合体形の小屋を
造ることにした。
単管パイプで躯体を組み上げ、ガルバリウムで屋根、壁を覆う。
約3坪の広さ。

 次に両親宅の周りの平坦地のレイアウト決め。
これは生活する上で不便さを感じないよう、重要な部分なので
時間を掛けて考える。
 ここで両親が山に移り住み、生活が始まる。
ここから雨の度にぬかるむ、粘土地盤との戦いが始まる。
車を乗り入れる所は砕石を敷き、そうではないところは芝生にする。
その区割りを何度となく話し合いをしながら決めてゆく。
その間にも雨毎に車がスタックし、苦い思いをさせることになった。


 砕石、芝の選択に少々時間を費やしたが、
それぞれこの山の環境に合う素材と出会う。
砕石は古瓦を砕いた物、芝は暖地型の種子を蒔くタイプの物に決める。
区分けをしてから、除草シートを敷き込みその上に砕石を拡げる。
一方、芝生の育成しやすい土壌に変える為、
粘土地盤を掘り起こし堆肥や山土を混ぜ合わせる。
平坦では面白くないとの事で、起伏をつける。

 ここまで済み、ようやくぬかるみ地盤とお別れ出来た。
次は犬小屋建築。
両親が山に暮らし始めて3日目に、父の念願していた犬を飼い始める

家族が増えた。
庭造りを優先ししばらくみすぼらしいバラックでの暮らし。
ちゃんとした犬小屋を、ということで造った。
  残念な事に、この頃の写真が残っていない。
家族総出でのここまでの作業だったから、皆精一杯で
写真所では無かったのかな?

DSC02788.jpg

 上は今現在の砕石、芝、犬小屋の面々。



 



始めようかね

       配合よーし


 いよいよ窯に粘土を被せ始めました。

 先日運んだ、鉄鋼スラグの混ぜる割合を見極め配合開始。
砕いた粘土とスラグを樽に入れ、攪拌機で
均一になるまで混ぜ、いい加減の水を入れつつ再び攪拌。

 いくつかの樽が埋まったら、原始的に手ですくい窯に向け
軽く叩きつける様に投げつけます。
その繰り返し。

DSC02890.jpg


 出入り口のアーチ部分は、被せた粘土が落ちないように
やや粘りの強い配合で。

DSC02891.jpg

 曲線のなだらかな所は粘りの弱い配合で。

被せる作業より、均一になるよう配合する作業がうんと時間が掛かり
レンガの見える面積が減らぬうちに初日終了。
手間は掛かるが、これ以上の方法が思いつかないので
明日以降もこれでいってみます。


 レンガの躯体に沿う様な線をたどるのではなく、自分の好きな線を新たに造って行けるのが面白い。
最後にコテで押さえて、また明日。

DSC02895.jpg 


 


 






変わりゆくもの

       ・・・しげしげ、と


 ひょっこり空いた時間。
何かの拍子に自分の掌を眺めていた。

ん、こんなだったかなぁ。
掌の印象が以前と違っているように感じる。
どこが?
以前って?
どこってわけでもないけど、何か違うってことは確かなよう。
以前っていつの事かは忘れたけど、こうして掌を眺めるのって
久しぶりなのは確か。

DSC02885.jpg 


 とっても曖昧だけど、しわの濃淡や線の構成、関節の太さ
肉付き、大きさ、それら全体が変わったよう。
なんて事無いコト、
なのかもしれないけど
いずれこの手からたくさんのモノが造り出されるって想うと、
以前と変わりのない手でモノを造るより、
変わりゆく手でモノを造ってゆきたい。

 そう、感じた。


 涼しい夕刻、車の中で。





大丈夫?

                構内迷路


 窯に被せる土に混ぜる材料を今日、取りに行ってきました。

 町内の土木会社の厚意により、
4tダンプを格安で借りることが出来、大助かりです。
町から40分。
内房の工業地帯へ向かいました。

 まず、製鉄所の構内へ入るための許可書を
受け取りに商社へ。
一般的には僕のような部外者を構内に入れたくないだろうに、
製鉄所内部との橋渡しの労を厭わず対応して下った担当の方に
感謝しつつ、許可証を手に構内へ向かいます。

 目の前にそびえるJFEの建物群。
その脇には、最近新設したJリーグ千葉JEFの本拠地、
サッカースタジアムが異質な雰囲気で並んでいます。
それらを見やりながら、いよいよ正門。


 一時停車して門衛の方と2,3やり取りをしてから構内へ。
そんな感じを想像していましたが、ゲートらしきものも無い
広い道路をただ、流れに乗って通り門衛が素早く入場許可証
をいちべつする、それだけでした。
肩透かしを軽く受けながら、いよいよ構内。

 だだっ広い道路を、指示された順路通り進んで行くと・・・
目的の建物がなかなか出てこない。
おかしい、と気付いた時には完全に迷い込んでいました。
元の道へ帰るにも一方通行が多くてなかなか戻れない。
手渡された地図には、チョコチョコっと進めば目当ての場所へ
着ける様に書いているけど、角々の目安になりそうな
建物もない。
 結局3人の工員に尋ねながら、目的地に着いたのは
門を通ってから30分後でした。

 前もって連絡を受けていた様子の担当者は
やっぱり迷ってたかい、と言いながら出迎えてくれたけど
やっぱり、と言うくらいならもっと分かりやすい地図を用意したら
いいじゃないか!、と感じた僕でした。
それからの積み込みまでもたっぷり時間が掛かり、
詰め所で代金を支払った時点で1時間半、経過。
 ただ、時間は掛かったものの行き会う工員の人達は
実に気持ちの良い、面倒見のいい、おもしろいおっちゃんばかりでした。

 

DSC02883.jpg

 当初は2台分取りに来ようと思っていました。
が、大きい声では言えないけどおおよそ、
2台分を1台に積み込んでしまったのでこれで終了。
 おっちゃん達に別れを告げて、帰り道。
迷い廻った行きの道と打って変わり、すんなり門まで出て来れました。
 
 疲れたけど、面白い体験でした。
商社の担当者並びに工員の皆さん、どうもお世話になりました。
お蔭様で窯の材料が揃いました。
がんばって良い窯に仕上げまーす。
ありがとうございました。

 


 





記憶の記録  7

       欠かせぬ存在


 造成が終了して3ヶ月経つ。
窯の寸法、勾配がおおよそ決まる。
その窯を覆う窯屋根は、かなりの大きさになる。
窯が収まる他、窯焚きの燃料の赤松を積み上げるスペースや、
窯詰め、窯焚きで動きまわれるスペースなどを確保したいから
必然的に大きくなるのだ。
 かと言って、予算は多くは掛けれない。
その辺りのバランスを取りつつ設計を練る。

 ここで、一人の人間を紹介したい。
自分の描いた青写真を現実のものとする為に奔走し続けてくれた
友人でもあり、恩人でもあるU君。
同時に損得勘定を抜きにして、僕の計画の縁の下の力持ち役を
変わらぬ姿勢で貫いてくれた、誠に得難い存在でもある。
彼の職業は大工である。
 窯屋根ややきもの屋の仕事場がどんな物なのかを学ぶ為に、
岡山の備前へ出向いて行く、そんな人だ。

 彼とは、この山と出会うずっと前から仕事場と住まいの設計を
練り続けてきた。
職業と住まいが重なり合い、しかもお互いが干渉し過ぎる事のない
あんばいの良い建物が出来るかどうか。
しかも、低予算で。

 行程からすれば住まいが先に必要であったが、
諸々の事情により窯屋根の建築から取り掛かる。
ここでも、工法、材料の選択、基礎の仕様といずれも彼の
経験と知恵に頼る。
広い面積の屋根の強度をどう確保するか、
窯から噴出される煙の抜けを好くするには、どんな屋根形状がいいのか、柱の無い大空間を確保するにはどうすべきか、など。

 実際に着工したのは2004年5月。
残念な事に、この頃の写真が全く無いのだ。

 材料搬入。
部材の刻み、防腐剤塗料、建前の順で進む。
平坦な面に建てるのではなく
斜面に沿うような形状の建物だから、各柱のレベル出しに
手が掛かる。
約1ヶ月半で大きく、丈夫な窯屋根が出来上がる。
墨色のシブイこの窯屋根を、僕はとても気に入っている。
 



窯粘土砕き 終わり!

       もの凄い量


 ヒビ割れの為、窯から剥がした粘土を砕き終えました。
砕いてみると、改めて凄い量の粘土を使っていたものだと
驚くやら、感心するやら。
窯の横にもう一つ窯が出来た様な錯覚に陥ってしましました。


DSC02880.jpg


 この砕いた粘土と混合する鉄鋼スラグを、明後日に取りに行き
いよいよ週末から被せて行く予定です。


 もう失敗は許されません。
テストピースの具合を、最後まで見極めてから取り掛かります。

 上手く行きますよーに。



今、土のなかでは

         ちょっとごめんよ


 虫や昆虫の嫌いな方は、この先を覗いてはい・け・な・い。


春先に薪の整理をしていたら
腐葉土の表面がサワサワ動いている。

 なんだろう?
土を薄く除けていくと・・・・・・。
おぅ、わんさかいるわいるわ。


 カブトの幼虫が。
30半ばのおじさんでも、遭遇すると嬉しいカブト虫。
いくら幼虫といえど、他の幼虫を圧倒する重量感と存在感。
いつの時代もカブト虫に魅せられてきた少年。

 気が付くと、30匹程掘り起こしていた。
これ、どうする!
よし、飼おう。


 と言う事で、大きな箱に腐葉土を敷きこみ
そっ、と土の中にナイナイ。
大きくなれよ、とつぶやきながら・・・。


 土が乾いてきたら水を与え、を繰り返し
今日、ふと気になり土をホジホジ。


DSC02877.jpg


 で、御対面。
サナギのカブトは初めて見るー。
きれいな色に驚いた。
天下無敵の黄金角を伸ばし始めている、右の雄。
寄り添うように、左の雌。

 悪いねぇ、と思いつつ掴み出してもう1ショット。


DSC02878.jpg


 おおー!かっこいい。
もう後何日かで成虫になるのだね。

 待っているよ。




記憶の記録  6

       肩の荷がすーっ、いいえまだまだ!


 山の造成が無事終わり、一安心。
心身ともに疲れ、でもやり終えた達成感も大きかったこの時期。
ただ、造成が終わっただけで、この先いくらでもやらねばならぬ事
が目白押し状態。
やらねば、と気合を入れるけどさっぱり身体に力が入らない
時期でもあったなぁ。


 自分がやらなければ、何も進まない。
分かっている、分かっているんだけどねー・・・・・。
両親の引越しが数ヶ月後に迫っている都合上、生活を営むに支障のない環境は確保しないと。
電気、水道、浄化槽。
ライフラインそれぞれの施工会社との打ち合わせ、調整。
造成の切土、盛土で出来た法面の緑化。
窯屋根、窯の設計。
仕事場、住まいの設計。やることてんこ盛り!

 そんな状況でも、各分野においてお世話になる施工会社の方たちが
親身に丁寧に作業を進めてくださったり、友人、知人の大きな
支えに助けられ一つ一つクリアしていけた。

DSC00307.jpg


 井戸を掘った。
水道の本管まで800mあるので、水道水はあきらめた。
山の中だし、近くにダムがあるし漠然と良い水がありそう、
と思っていたが、そんなものでも無いらしい。
ここは海抜130m。
その海抜分の130mを掘って出た水は、飲料水には適さぬ水。
がっかり!それでも滅菌機という、雑菌を減少させる装置を付け
今は何の支障も無く井戸水を使わせてもらっている。


 電気は500mを新たに引いてもらった。
山の景色を色褪せて見せてしまう、電柱と電線。
電気の恩恵を受けるだけ受けといて、勝手な言い草だろうけども
地中埋設をすれば、山も街もだいぶすっきりするだろうに。
施工する関電工を通して、地中埋設をと、東電にお願いしたが
土地の私有権の問題、費用が掛かるとの事で却下。
残念だけど交渉の余地も、自分の気力もないみたい・・・。
あきらめる。


 浄化槽。
長柄町の下水普及率はとても低い。
町としては、普及率の低い下水道をこれから新たに張り巡らす
選択肢より、各所帯の敷地の末端に合併浄化槽を設置すること
を推進させるべく制度を変えた。
ちょうど制度が変わった年度にぶつかり、初期費用が以前より
ぐぅーんと減った。ラッキー!
前年までは個人所有の浄化槽ということで、補助金こそ出たものの
大きな初期費用と維持費が必要だったが、
これからは全て町の所有する浄化槽になり、設置、管理の負担
は町が持つようになった。
その代わり、毎月の使用料は家族の人数分負担するようになったから
ながーい目で見ればどっちがどう、かは?だけどなぁ。



DSC00312.jpg


 そういった交渉をしつつ、窯場の土留めも終え
各設計を煮詰める所に来たようだ。
                           つづく





 



長柄粘土 番外編

         見てください


 山にはいろんな者達の棲家があります。
これは昨日見つけた何者かの巣。


DSC02859.jpg


 窯のすぐ脇に積んでいた材木の裏にへばりついていました。
何だろう、蜂かな。
材木から剥がす時に巣の一部が壊れ、その穴を覗いてみると
蜘蛛のようです。
まるで冬眠している様に、皆身を寄せ合って寝ています。
4畳半の部屋に20人位で雑魚寝をしたような状態が、一つの
筒の中で繰り広げられています。



DSC02861.jpg
 
 それにしても、何故この季節にこの狭い所で
押し合いへしあい、しているのでしょうか。
僕がこの蜘蛛達の親だったら、天気がいいんだから外で
遊んで来いーっ、とどなるけどなぁ。
他の蜘蛛とは活動サイクルが違うのでしょうか。

 けれど、徳利蜂にしてもこの蜘蛛にしても、
この造形力は見事だと感心します。 無作為の美。


 放射線状に広げたあの姿を蜘蛛の巣と決め込んでいましたが、
この形状だって立派な蜘蛛の巣です。

 そうそう、この巣を形造る素材は・・・
僕も使っている長柄の粘土のようです。
壊れた巣のかけらを細かく砕いて水を含ませてみたら
長柄粘土と同じ粘り、同じ触感でした。

 同じ素材を使うこの蜘蛛と僕は、言ってみりゃあ、同業者。



届いたっ!

       メドがたつ


 一昨日、サンプルを送ってもらう事になっていた
鉄鋼スラグが約束通りに届きました。
図々しいお願いだったから、本当に送ってくるかなぁ、なーんて
疑っていた自分でした。

 早速封を開け中身を見ると、
期待していた以上に好ましい感じ。
2~5mm以下の粒子が混ざっていて粘土と、とてもよく
絡んでくれそうです。


DSC02862.jpg


 そう、岩塩のような質感です。


DSC02863.jpg

 これを粘土に対して何割加えると具合がいいのか、
テストピースを6種類つくってみました。
どうかな、どうなるかな?
乾燥を待って決定しましょう。
 このスラグと同送されていた封筒には、対応して下さった
担当者の直筆の手紙が・・・悪い予感。
内容は、先日の口約束を翻す事になるが、やはり例外的に対応することは出来ないとの事。
その代わり、木更津より近い所に同じ鉄鋼スラグを扱う商社があり、
そこと話をまとめたので云々。
結局面倒な小売相手のたらい回しに遭いました、が僕としては
同じものが手に入れば良いわけですから、何のわだかまりも無く
そっちの商社へ行くだけです。
 ただ、一言。
最初から商社に廻してくれりゃあよかったのに。

 こういった事は、何度となく経験してきましたが
今回の担当者はかなり良心的な対応だと感じます。
お手数お掛けしましたが、とても助かりました。ありがとうございます。

  


 



魅力あるもの

       器あれこれ


 器に必ずあるもの。
地に付く高台と口に触れる口縁。
器の範疇にあるものには、この二つのパーツが必ずあります。
誤解を恐れずに言うならば、下(高台)と上(口縁)が好い造りならそれは
よい器の筈です。
高台から始る線が口縁で完結するのですから、立体の輪郭を司る重要な初めと終わり、です。

 ここの造りが上手い人は、やきものという工芸物の作者として
優れていると評価されています。
上手い、と表現しても何が上手いの定義なのかは説明
出来ない自分ですが・・・
感覚的には、目に留まった器が手に取りたくなるものか、又
そっと口当たりを試してみたくなるものか。
これが自分にとっての判断基準です。
人により好し悪しの基準が違うことは当然ですが、
それぞれに感覚的な基準の線引きを持っているのでは、と想像します。

 やきものの弟子の頃、週に一度の休日には大抵街に出て
やきものを見て、触って一日を過ごしていたものです。
産業としてのやきものが成り立っている一大窯業地でしたから、
地元に限らず、各地のやきものにも触れる機会の多い土地柄でした。
やきもの屋を目指す上で、そのような環境に身を置ける
事は今にして思えば、この上なく恵まれたことであったなぁ、と感じています。
その恩恵をナントも感じずにいた自分ですが、その当時
とにかく見るもの触るもの全て、片っ端から高台と口縁の
造り、口当たりを隈なく味わっていた時期がありました。
 ギャラリーやデパート、古美術店の各店員さんにとって
さぞかし嫌な客だったろうと思います。
なんせ、商品の器を重たかろうと、大きかろうとクルッと裏返しに
したかと思えば、器の口をベロベロ舐める、それも汚い不精ヒゲを伸ばした口で・・・
堪らないでしょうね、きっと。
でも不思議な事にそんな暴挙を咎める店員さんは、極少数でした。
 何故か?
ここが窯業地の凄い所だと感じるのですが、
見るからに汚い格好をしている若い人の90%はやきものの弟子。
そんな輩(僕もその一人)はやきものの弟子と相場が決まっていて、
店員さんもそれを承知した上で、汚いからやきもの屋の卵だ、勉強してんだなぁと優しく?見守ってくれるそんな土壌が確かにあるんですねぇ。


 そんなものだから、お蔭様でありとあらゆる器の高台と口当たりを
味わえました。
その経験上、特に口当たりの大切さを痛感するに至りました。
いくら雰囲気や形の良い器でも、口という敏感な部位に直接当たる
口縁が好くなければ、魅力のないものになってしまいます。
であれば、逆に口縁が好くてその外は良くない場合は?
それもやはり魅力に欠けますよね。
 と言う事は、口当たりが好く、高台も雰囲気あり、それを結ぶ線
も違和感ない。
そんな器を造れば自分自身が納得するのでしょうが、
なかなか、それが難しいもんです。

DSC02854.jpg

 いくらたくさんの器をベロベロして、心地よい口当たりを
感じ取れたにしても、いざ実際に造ってみると・・・全く魅力を感じられない
自分の器です。
 むずかしいなぁ。

DSC02855.jpg 


 


 


 







使えそう

          探してみるもんだ


 登り窯に被せた粘土が収縮してひび割れた事を、
以前に紹介しました。
現在はその被せた粘土を全て剥がし、収縮しにくい材料を粘土に混ぜ
もう一度被せ直す準備をしています。
アテにしていた良質な山砂が手に入らなくなってしまい
はて、困ったなぁ状態でしたが、どうやら山砂に変わる候補が浮かんできました。

 収縮とは、土が保持していた水分や有機物が乾燥する段階で
減少、または変質し土そのものが縮む現象です。
と言う事は、縮み幅の少ない材料があれば良いわけです。
そこをヒントに、ネットで探し始めたのが昨日の事。

 そして今日。
面白いものに巡り会いました。
鉄鋼スラグ。溶鉱炉で鉄鉱石をコークスで還元する過程で産出
される、いわば副産物の鉱石を総称でスラグと言うそうです。
千葉には新日鉄とJFEの鉄鋼大手の工場があります。
そこでは日々大量のスラグが産出されているそうですが、
小売対応は応じられない、とのツレナイ返事が返ってきましたが
粘って交渉をしていくうちに担当者が軟化し、木更津の港まで
取りに来れるなら例外的に分けてもいい、ということになりました。
 粘ってみるものだなぁ。

 でもまだ実物を見て触っていないのでサンプルが欲しいと
最後に伝えると、呆れた様子が受話器越しに感じられましたが
送料あちら持ちで送ってくれる事になりました。
図々しく言ってみるものだなぁ。

 そのサンプルでテストしてみて、結果が好ければすぐにでも
取りに行かなくちゃ。
あちらの気が変わらぬうちに・・・
 そんな顛末があって改めてネットの凄さを思い知りました。
一つのキーワードから条件に合うものの場所まで導いてしまうのですから。
憧れていたネットサーフィンってものを体感しましたねぇ。



記憶の記録  5

          険しい道のり


 尾根部分の大きな平坦地、無事削り出せた!

DSC00317.jpg


 でも何かおかしい。
切土で生まれた土があまりにも膨大な気がする。
少し前から気になっていた事が、ここに来て重大な問題になる。
盛土に使う土を差し引いても、恐ろしい量の土が余りそう。
計算ではダンプ50台分の土しか余らない事になっていて、
その土の貰い手は既に決まっているが・・・。


 敷地の向かいで工事をしていた、土木員にその土量をざっと
見積もってもらうと、その量約2000立米。
4tダンプに換算すると500台分。
つまり、当初の計算の10倍の貰い手の決まっていない土が
ここにあると言う事。
 とんでもないことになった。
どうしてそんなことになったのか。
当然、原因はあるのだがそれは伏せておこう。
ただ、数ある原因の中で自分の責任100%の事柄は、
平坦地の面積を欲張って、予定より広くしてしまったと言う事。

 ここまでやってきてしまった以上、後戻りは出来ない。
とにかく土の貰い手を探そう。
こんな事の相談に乗ってくれる人は、そうそういない。
それでも有力人物が幸い近所に居られる。
藁にもすがる思いで話をしてみる・・・・・が
おい、それ!と貰い手が見つかるはずはない。
と思っていたら
居た、貰い手が居た

それもすぐ近くに!3つの現場が手を挙げてくれた。
あんびりーばぼー!

 あまり公開出来る内容ではないので、このあたりで止めておくが
最悪の場合は、土の処分に何百万もの費用が掛かる所だったが
幾人かの方達のお蔭でそれを回避出来た。
本当にありがたかったし、今でも感謝しております。



 貰い手が決まってから、4tダンプ3台をピストンさせて約1ヶ月半。
累計600台分の土の搬出を終えた。
その間にもいろいろな事が起こり、元々少なかった頭の毛が
ますます減っていった、・・・くくくっ!
この時期の出来事を書き記したらキリが無いので省くが、
記憶力の弱い自分でも一生忘れない自信があるから、記憶の記録
に残す意味もない。
それ位強烈にこの身体へ刻み込まれている。


 DSC00311.jpg


 土の搬出が終わり、仕事場兼住まい、窯場の造成もほぼ
終わりの頃。
上の平坦地では両親宅の建築が始まった。



                               つづく







 



長柄粘土 三態

       おもしろいわ、やっぱり


 ゆうべ遅くに、突然造りたくなった茶碗とぐいのみ。
ロクロでの成形ではなく、手捻りで造りたかったんです。
おおよその形を造り終えたところで就寝。


 今日の昼過ぎに仕上げ行程を出来る硬さになっていました。
この土を触っていると、どうにも表面を削りたくなってしまう衝動を
抑える事が出来ず、壷の仕上げ同様削り出し仕上げを施しました。

DSC02838.jpg

 手捻り成形も削り出し仕上げも、やはり、とてもおもしろく感じます。
その反面・・・やきものから離れて、早4年と少し。
自分にとっては、手先の感覚を取り戻すためのリハビリのつもりで
粘土に触るのですが、ふと気付くと完全には作業に没頭していない我を見つけます。
 上手く形を造れないのを、ブランクのせいにしている自分に気付いてしまいました。
逃げ道を用意しておく癖が無くなっていない事に自己嫌悪。
モノを造る人間が、しょっぱなから言い訳を準備しておいて
良い作品など造れるわけがありません。
初窯までの道のりにしても、精神的にも、ホント前途多難だと
日頃漠然と感じていた事の輪郭が鮮明に浮き彫りにされました。
 なんか雲行きが怪しくなってきたのでこの辺でやめましょう。

 そうそう、仕事場のお気に入りの空間に、
新顔登場。
 
DSC02849.jpg

 出入り口の脇に収まった、名刺や陶歴を置いておく小さな台座。

そうだ、くよくよ考えずに具体的に行動するのみだ。
さっきの雲行き怪しいのが・・・  


                    よし!もう吹っ切れた。       

 




記憶の記録  4

      伐根開始


 下草刈、伐採を終えいよいよユンボを山に搬入。
このオレンジユンボは、知り合いから借りたもの。


DSC00267.jpg


 タダで借りただけあって、実に気分屋なユンボさんだった。
好不調の波が激しく、さっきまで調子好かったと思えばそのすぐ後は絶不調に陥る、扱いにくい機械だ。
動きが鈍くなる原因は、燃料が上手く循環しないから。
それでも修理に出さずに、騙し騙し乗って切り倒した木の根
を地中から掘り出していく。
 
 樹齢40年程の木の根は、想像を超える大きさと粘り強さで
掘り出しに時間を費やす。
一日作業しても10本の根も掘り出せない。
深く、広い範囲まで太い根を走らせているからだ。
おまけにユンボも一時間動かし30分休ませる、そうしないと
動かなくなる始末。
そんなことで、伐根には時間が掛かってしまった。


DSC00263.jpg


 こりゃあ、一台では能率が上がらない。
もっと大きいユンボを借りることにした。
知り合いに機械のオペレーターを紹介してもらい
2台稼働にしてから、能率が飛躍的に上がる。


DSC00280.jpg


 伐根開始から2週間で全ての根を掘り起こす事が出来た。
一人でやっていたら一ヶ月以上は掛かったに違いない。

 次に平坦地を造るための切土、盛土作業。
引き続き2台のユンボでの共同作業。
切り出した土を運び、少しずつ平坦地を広げてゆく。


DSC00303.jpg


DSC00294.jpg

 山の尾根部分の平坦地が出来た。
ここまではとても順調。こおのまま突っ走れー。



DSC00313.jpg


 


 


 



その後

       長柄粘土の素顔


 ロクロで挽いた後、1日置いた時点で
仕上げの行程へ移れるかたさになりました。


 粘土の性質を知るために表面を薄く削ってみました。
適度に荒れた表情がこの粘土の持ち味なのか?
きちっ、と仕上げるよりも粘土の土味をざくっ、と見せる方が
この土らしさを醸し出している気がします。
あくまで主観的なものなのですが・・・。


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 このような、焼く前の状態を白地(しらじ)と呼びます。
ここで出る表情が、焼いた後まで引き続き残る物かどうかは、
窯のどの場所に窯詰めするかで変わります。
この土の場合、比較的おとなしい焼けにとどめ、表情が残る様な場所に入れたいと感じました。


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 又、数日経てば今日感じた事や土への印象が
変わるかもしれません。
なんせ、全くの未知数、得体の知れぬ輩ですから。
まあこんな事を楽しみながら、チマチマ生きる自分です。


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 最後にお気に入りの場所で、パチリッ。



記憶の記録  3

          チェーンソーうなる


 記憶の記録 2の最後に写真を入れたが
あの風景はどう見ても冬。
伐採がだいぶ進んだ今日の写真はまだ秋。
おかしい。
と言う事は、昨日の写真は伐採を始める前の年のものだとすると、
申請書作成に苦しんでいる途中で、下草を刈っていることになるなぁ。
そんな時間の余裕があったっけ。
 2年前の行程の順番さへ正確に覚えていない自分が情けない・・・

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 まあ、こんな自分だからこうしてブログに記憶を残さないとな、
と思い立った訳なんだけど。
この先もきっとあるぞー、こんな事が。


 上の写真が南から撮ったもの。
かなりの本数を切り倒し、伐採行程の終盤に差し掛かった頃。


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 切り倒した木は細い枝も何もかも切り刻み、薪にして使い切る。
これが大事だと感じる。
元気に生きていた命を奪い取ったのだから、その木を無駄にしてはいけない。
 
 切り倒すのはチェーンソウが全て引き受けてくれる。
安全を確保するための最低限の技術は、山仕事の師匠でもあり、
仲間でもある方に教えて頂いた。
お蔭で小さい怪我の2,3を負っただけで、150本近い木を切り倒せた。
 切り倒した後、薪の寸法に刻み、薪置き場に積み上げる。
これが結構大変。
近場、遠方から度々応援に駆けつけてくれる友人や家族の者で
手分けをしながら少しずつ、薪置き場に積み上げられてゆく。
心強い助っ人様達だった。


 そんなこんなで、計画した建物配置に絡む木の全てを
切り倒し、薪置き場に収まったのは伐採開始から約3ヵ月後。
誰一人怪我することなく進み行き、この行程を終えれた事を
感謝。

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 仕事場兼住まいの予定地。


 
                 次回はいよいよ重機の登場だ。


                              その4に続く


 


 







記憶の記録  2

       ブリがついた、はずが・・・


 実際に動き出してみると、難しいなぁと感じていた事柄が
割と簡単に解決したりするもんだなぁ、なんて思いつつ流れに乗った
気分に浸っていた。
 
 このまま上手く進めば3ヶ月くらいで書類は揃うな、
なんてタカをくくっていた自分だったが、とーんでもない思い上がりをしていた。
県庁に通ううちに、窓口の担当者がこんな事を言い出した。
開発の許可は下りる可能性は高いが、申請と違う開発及び建築をした場合申請許可取り消しがすぐ実施されますから!
 今となればこの言葉は単に、架空の締め付けだと見破る知恵が働くだろうけど、当時は純真無垢、世間に疎い自分だったから、まともに信じてしまった。
想像するに、当たり障りない申請をしておいてあくどい事をした前例でもあったのだろう。
かよわき子羊はまんまと役人の脅しに身を震わし、どこを突付かれてもホコリの出ない申請書を作成せねば、と肝に銘じるに至ったのであった。

 肝に銘じた反面、この素人が細部に至る箇所まで今、決めろってかっ!それは無理!とも感じた。
大体がアバウトな性質で、進みながら事を決めてゆく自分が
最初にきっちりとした決め事を掲げるのは、非常に難しい。
 けれどそれをしないと、この山に住む事が出来ない。
ここから悶々とする日が又始まる。
仕事の時間以外は山にいる時間が増える。
この山をどう切り開くか、思案に暮れる。
振り返ると、この時期は暗い顔をして一日をすごしていたっけなぁ。

 こうして約10ヶ月の時間を費やし、又多くの方に助けてもらい
やっと書類を完成させた。
連れ合いと意気揚々役所へ向かい、満面の笑みで提出。
その瞬間の写真を撮ったが、あれはどこへ行ったろう?
とにかく気持ち悪い位笑顔で担当者に提出した事を、昨日の事の様に
覚えている。
 それと、申請書に目を通した担当者がこう言った。
かなりしっかりした書類を作りましたねぇ、もっと簡単でよかったのに。

 役人が嫌われる理由が、よーくわかった。
皆が皆そうではないのだろうけど、ね。

 そうして待つ事1ヶ月半。
県庁から申請許可書が届く。
これで何の恐れも無く、山の開拓スタート。
 と、言いつつ申請書を提出したその日から下草刈を始めちゃってますよーぃ。


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 下草刈が終わり、伐採に移る直前の山。



                          その3に続く


 


 


 




 


 



じゃじゃーん

       やきもの屋のはしくれ


 植木鉢で水分を飛ばし、菊練を終えた長柄産粘土。
本当はこの粘土、やきもの用に砕いた訳じゃあないんです。
あくまでも、窯に被せる土として収縮率を調べたかったのに・・・。
 でも目の届く所に粘土がありゃあ、目的が他にあると分かっていても
何か立体を形造りたくなるもんです。
やきもの屋の性でしょうか。

 で、造っちゃいました。


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  菊練同様、身体で覚えたモノは年月が経っても感覚が残っているものです。 


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 奥と手前の表面に、質感の違いが見て取れますか。
同じ粘土でもロクロの挽き方を変えると、これだけ表情が違ってきます。
手前のものは、横に張らす途中で胴の部分にヒビが出来ちゃいましたが、とてもこの土の特性が表われていると感じます。
ひび割れを起こす事は欠点ではなく、逆に利点と捉えこの荒々しさを
活かしてあげれば面白いものが生まれると思います。


 この粘土の使い道が脇にそれましたが、
久しぶりのロクロを楽しめたのでまあ、いいや。



  


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記憶の記録  その1

         原点


 貧乏臭いこの看板を山に置いた時点から
僕達の、山開拓の
日々がはじまり、はじまり。


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 ん、ちょっと違うな。
この山を知り、購入してからこの看板を掲げれるまでに約一年。
僕の住む地域は自然公園法という、千葉県管轄の法令で守られている
少し特殊な場所。
もちろん、純然たる自然が残っている訳ではないけど、
極力この辺の開発は避けたいね、と県が定めた地域。
 だから、公園法で守られたこの地に家を建てたい場合は県の許可を
得ないといけない。
そう、堂本知事のハンコがいるってことなのだ。

 そんな訳で、素敵な山を購入したものの、
まず超えないといけない壁は、県に提出する膨大なる書類の作成。
これが難航を極めた。
この面倒な作業を業者に代行してもらうと、その代金150万円也。
時は金なり、の格言通りショートカットの魅力にしばし魅入られるものの、
両親と相談の上、自力で作成する事に決める。
 とは言え、30項目に及ぶ書類作成。
根性だけでは超えられぬ難所ばかり。
山の全体測量図、造成時の土量計算図(切土、盛土の際どの位の量の土を動かすのか)、各建物の配置図、各図面等々。
何からどう、手を付けていいやら・・・しばし途方に暮れる
 いろんな方に相談し、ポツポツ手掛かりが舞い降りる。
ありがたい。真剣に困っていると助けの手が方々から差し出される。
少し前の文章に自力で作成と書いたが、とんでもない!
結局、父の仲間が一番難しいと感じていた部分をゴッソリ引き受けてくれた。


 これでブリがつき、行動開始。
県庁、県教育委員会、県土木事務所、町役場等へ足しげく通う。
窯の図面、家の図面、配置図の作成も始める。


                                                その2へ続く



貢献度、大

      二重網戸


  我が家は山の暮らしですから、かなり多くの昆虫や虫が外を飛んでいます。
おまけに、家の灯り以外の発光体が周りに無い事も手伝って、
この家目がけて夜な夜ないろんな者たちが集まってきます。
窓を開け網戸で夜を過ごしていると、大きい虫こそ入らないものの
かなり小さい虫はドシドシ入り込んできちゃいます。
 しかーし、最近その入り込んでくる虫の数が減りました。


 何故なら、我が家のサッシの外回りには天然網戸があるからです。

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 その虫たちの天敵、蜘蛛の巣網戸が陣取るお蔭で
我が家は安泰。
二重サッシは良く目にしますが、二重網戸はそうそうないでしょう。

 虫の苦手な方にはこんな写真を載せて申し訳ないんですが、
我が家を虫の侵入から守る、カーン(ドイツの名ゴールキーパー)
の如きあっぱれ働き者を紹介せずにはいれませんでした。
ましてや、ブログのネタが枯れ果てつつある僕をも助けてくれる、
実に見事な働き者!
                  お疲れ様。
             



 





なんだ、これ

       柔らかい素


DSC02806.jpg
 
 衛星写真の様にも見える?これは先日から乾燥させていた
長柄産粘土のその後です。
水分を多く含んでいた泥状の粘土を植木鉢に盛り、陰干しさせ
余計な水分を蒸発させた後に手で揉んだものの拡大写真なんです。


DSC02803.jpg


 これがいわゆる菊練(きくねり)をしている途中の状態。
両手を使い、上体の重みを利用して粘土に圧を掛けながら
中に入り込んだ空気を押し出すんです。
紋状のヒダは右手の手のひらで押し込む際に出来てゆくのですが、
この文様が菊の花に見える事から菊練と呼ばれています。

 ここまで練ってみて感じたのは、想像以上に粘りが強く手触りも
良いので、結構おもしろい使い方が出来るかも?と言う事です。
土の質感がとても好いので、これを損なわずに上手く活かせれば
土の息吹を感じる器を造れるかも知れません。
やはり見た目だけで評価するのでなく、この手を通した触覚を大切にしないといけないなぁ、と改めて感じました。


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 菊練の最終形。
力の入れ具合を弱めながら、少しづつまとめ込んでゆきます。
やきものの世界では、土揉み3年、と言われています。
それ程会得に時間が掛かると言われるこの菊練。
 僕にとっては実に4年ぶりの菊練でしたが、身体に染み込んだ技は
色褪せずにこの身へ宿っていてくれました。
練るまではとても不安だったんですよ、まだ練れるかなーって・・・


 よかった、よかった。







いろんなもの

       濃い日


 朝小雨のちらつく中土木の仕事に向かい,着いた現場は好い天気。
暑い一日になりそう。
今日は今まで休んでいた田んぼの土をユンボで掘り返す仕事です。
この田で来年から再び米作りをしたいので、使える状態にしてほしいと
の依頼を受けました。
長い間お休みしていた田には、葦を始めとして多種にわたる草が生え放題状態ですが、その草諸共ユンボで掘り返してゆきます。

 何年お休みしたのか分かりませんが、掘り返した土はとても瑞々しく
豊かな生態系を保ったままです。
カエルはもちろんザリガニ、ドジョウそしてマムシまで。
草や地中に安住していたもの達が次々と這い出してきます。
それらを横目で見ながら楽しく作業が進みました。
 水と土のある所に住まう彼らを一時的に揺り起こしてしまいましたが、
来年の春には又稲作が始まるんです。
やっていて気持ちの良い仕事でした。

 まだ明るさの残る19時からは、町内の友人宅でゴスペルのライブです。やはり音を楽しむなら臨場感溢れるライブが良いです。
しかも普段僕らの溜まり場となっているお宅での集まりなので、
心に余計な衣を着けずに居れたお蔭で、音や歌声が素直に受け取れました。気持ち良かったです。どうもありがとう。
 お次は夜風に当たりながらのお散歩。
すぐ傍にある、夜にしか開かないギャラリーへ。
何が展示されているかって?
アート、アートです。儚げながら、時をしっかり掴んでいる矛盾に満ちた空間、空間そのものがアートであり訪れた僕らが主役になる、そんな切ない気持ちにさせる
ギャラリーでした。
ここは見る、ではなく体で何かを感じる場所のようです。
 刺激を受ける事の多い一日でした。
 
 



雨の思い出

         一枚めくれば


 今でこそ家の周りや山の斜面は整備されて、
日々の生活に支障ない状態を保っていますが・・・。

 山の尾根を切り開き両親の住まう家の宅盤をつくったのが2年半前。
腐葉土に覆われていたその下の地層は、象牙色の粘土の層でした。
地盤としては硬く良好な物でしたが、とてもむき出しのまま使える地層ではありませんでした。
雨降るごとに車がスタックし、雨上がりに
家周りを歩けば、靴底に分厚くくっつく粘土地盤。
あの頃を思い返せば、戦いだったなぁ 雨の度に。

 無事両親宅が出来上がり、山に住み始めたのが2年前。
その年は大雨がよく降りました。
そんな大雨の降るある晩事件が起きました。
当時僕はまだ茂原に住んでいましたが、雨量の多さが心配で真夜中でしたが山に駆けつけてみると案の定、家の周りは湖状態。
粘土層は水はけの悪さは天下一品ですから・・・
懐中電灯を照らしながら異常が無いか見回ると、盛り土をした斜面と家の基礎が乗る平坦地のぶつかる線上の一部に穴がある。
 その穴に勢い良く流れ込む雨水。
このままほっといたら最悪地すべりを起こす!
そう感じた僕は両親を叩き起こしました。

 皆で土嚢袋に砂を積め、穴の周りに積み上げました。
20袋位の数でしたが、寝起きをたたき起こされた両親には余りに辛い
労働だったことでしょう。
これからの山の暮らしの大変さを象徴するかの様な出来事でした。

 あれから2年、月日は流れ今、辛かった思い出話が笑い話へと変化しつつあります。
かつてどうしようもないと感じた粘土層を覆う、生え揃った芝生と砕石。
この芝に座るとそれらの思い出の上にあぐらをかいている様でムズムズ、ケツが落ち着かない。



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サボったらこれだ

       落葉樹に囲まれ


 昨日の大雨で一部床上浸水に遭った我が家。
原因は大粒の雨では無いのです。
サボリ、そう、それが原因なんですね。
何をサボったかと言うと、屋根と樋掃除でーす。
晩秋の頃は一週間に一度は屋根に上り、箒片手に屋根を隈なく
掃き、樋に溜まった枝や落ち葉を掬い取ることをしていました。
が、それ以降はもう大丈夫だろうとタカをくくって気に留めていませんでした。
 そこに昨日の雨襲来。
下屋で作業していた自分が異常に気付いたのは地面に落ちる、ドドドドド
という不穏な音によってでした。
 
 最初は何が起きたか分からずにいましたが、足元に迫り来る水を
見て思い当たりました。
樋が外れた?
ボトボト降りすさぶ雨中へ駆け出し軒先を見上げて、あら圧巻!

樋はあるべき所にあるけども樋に落ちて流れる筈の雨水が・・・・・・・・
切り妻状の屋根全体から水が滝の様に落ちてくる、おちてくる。
 なんで?
急いで脚立を昇り、滑る足をそろそろと進め樋を覗いておーーーー。
樋の半円状すりきれ一杯、落ち葉、小枝で埋まってる。
こりゃすんごい!落ち葉って秋だけのものじゃないのか?
そんな事を思いながら掬っては投げ落とし、掬っては落としの連続技。
 
台風の時に屋根に上り落下する事故ってこーいうことなのかな?
なんて事も頭をよぎったっけ。
ともかくまあ、何とか本来の樋の役割を果たすところまで復旧。
でももう一つの屋根からも元気一杯落ちてるんですよねぇ、うちの場合。

 窯屋根です。
屋根から降り、又屋根へ。
少し小降りになったものの、まだ強めの雨が坊主頭をたたいてる。
向こうに負けず劣らずこちらもすんごい落ち葉と小枝です。
ごっそり掬い投げ落としの繰り返しでこっちも無事復旧。
この間、おおよそ20分。
その間に落ちた水が家の周りを取り囲み、兵糧攻めのごとき様相。
 次は水を逃がす溝掘り開始。
鍬で砕石を耕す・・・
勾配は取れているので瞬く間に水は逃れて行きましたが、下屋と仕事場の一部屋が水に浸かりました。

 恐いものです。山に住む上で怠ってはいけない事を怠った結果、
こんな顛末を一人で演じてしまいました。
落葉樹に覆われた雰囲気の良さを満喫したいのなら、樋と屋根の掃除は
怠るなよー。
  そんな山の声を聞いた気がした午後でした。

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梅雨のあめま

       ひさしぶり


 梅雨の晴れ間ならぬ雨間。
そう言いたくなるほどの空梅雨ですねぇ。
西日本ではそれなりの梅雨模様らしいのに・・・
たまに降ったと思うとスコール級の大粒雨。
 でもまあ、今日の雨のお蔭で助かった人々が大勢いることでしょう。
外で働く労働者、日々庭木、芝の水やりに四苦八苦されている方、田畑を管理する方など日頃心労、疲労のある方にとって有難い雨だったと思われます。
 僕達の住む山の木々、草花、芝が雨を受けて尚一層輝きを増し、
それらを目の当たりに出来た自分もまた乾きが癒えた感じです。

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 山の蒸れた香りを感じながら屋根の下での作業が進みました。
先日の長柄粘土のその後。
水気が無くなりつつある鉢の中の粘土。


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 もう手で持てます。
植木鉢の内型に沿い碗状の形になりました。

これはこれでかっこよい。


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 で、雨の降る最中作った作業台。
この写真を撮った後、この場所は床上浸水に遭いました、とさ。




素材感

          粘土・漆喰


 窯に被せる土の収縮率を試すために、
砕いた粘土に水を滲み込ませ泥状にしたものを、植木鉢に盛ります。


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 こうして1週間程陰干しをすると水分だけが蒸発し、手で練れる位の粘土が出来上がります。
今日はほぼ4年振りに水に浸した粘土の感触を味わいましたよ。
そうですねぇ、その感触ってのは例えると、漬物の糠床に手を突っ込みかき回す時のあの抵抗感に似ています。
ヒンヤリ冷たく、指に絡みついてくるあの独特な触覚。
そう、暖かい時期は冷たくて気持ちいいけど、
冬のあの冷たさと言ったら・・・・・・・ 粘土も同じです。
 植木鉢に盛った泥状の粘土のその表面を見ていて、あっ。
この表情を凄く好きだったのを思い出した!
何の作意も無く盛り上げた粘土のその表情。
素材感タップリ。瑞々しい。おいしそう!?

 そういえば仕事場の壁に塗りこんだ漆喰の表情も、こんな感じなんです。
DSC02771.jpg

 試行錯誤で塗りながら仕上げの表情を探していた時、これだ!見つけた!と心躍らしたその表情は、粘土同様素材が波立つ様な荒い感じ。
その時意識はしていなかったにせよ、自分の琴線に触れる同一線上のものに辿り着いたんだと今日気付いて、うん納得。
 好きなものに囲まれれば、そこは心地好いと感じるものです。

DSC02770.jpg 
 
  壁、天井ともに漆喰で仕上げた空間はとても落ち着ける場所。
             僕の大好きな場所。



 



日を重ね・・・感じること。

       こんな気持ち


 このブログを初めて1ヶ月が過ぎました。
早いものです、時間の経過は。
まだまだひっちゃかめっちゃかなブログ内容で、成長乏しい自分が浮き彫りにされているようで恥ずかしですねぇ。
同時にそんな自分の未熟さを晒す度に面の皮が厚くなる快感?も味わい、何やら複雑な気持ちにさせてくれる存在ですねぇ、この公開日記と言う物は。
 たかだか1ヶ月の継続位で、一端の口をきくつもりは無いのですけど
感じることを書いてみようかと思います。

 正直な自分を出すのって勇気が必要。
 自然体ってどんな姿。
 ええかっこしい、って治るの?
 日本語は難しい。
 バランス感覚って持って生まれたセンスだよねぇ。


 こんな滅裂なことを並べられても困っちゃうー、ですよね。
それでも僕の今日の頭の中はこんなのがグルグル。
人にとっては意識するまでも無いことかもしれませんが、意識しても出来ない事だらけの自分。
身の回りの人をそっと観察すると、この人自然体だわー、この人エライ正直だなー、この人モノの表現がうまいー、この人・・・
こんな事の連続です。
これって無いものねだりの何とか、と言う物でしょうか。


 生まれ育った環境が違えばって言い回しをよく耳にしますが、それはその通りなんでしょうが、それだけじゃないよなーと感じます。
変われる力を育てる。これじゃーないかと感じるんです。
変わらなくちゃ、では無く変わるんだの覚悟が無けりゃ自分は変化しない。そう感じます。
くだらない独り言になっちまいましたが、ブログ開始1ヶ月目の区切りに
こんな事を考えてたんだなーと、3年か5年後に振り返った時の道しるべになればいいや!  ・・・・・・・そんな気持ち。
 



やっとこさ

         土砕き開始


 先日紹介した粘土粉砕機が本格的に始動開始。
一度登り窯に被せた土を先日から砕き始めました。
この粘土は山を造成した際に出てきた層から削り取った、長柄産粘土です。


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 大きい塊をあらかじめ小槌で砕き、ネコで機械の傍まで持ってきます。
角スコップでネコからからすくい、ゴロゴロ回る車輪の中へ落とし込む。
 


DSC02748.jpg


 車輪の下の口から砕かれた粒子が次々出てきます。
角スコですくい入れてから15秒しないうちに砕いてしまう程の威力。
以前使い慣れていた、勝手知ったる機械でしたが改めてその働きっぷりに惚れ惚れしちゃいます。


DSC02753.jpg


 これが砕かれた粘土の粒子。完全に砕かれ切ったコンマ数ミリのものから、5ミリ位のものまでまちまちの大きさです。
これを漬物の樽に入れ水を滲み込ませて柔らかめの泥状態にしていくのが本来の粘土造りの行程ですが、今回は作品造りの為の粘土ではないので大雑把に砕いて行きます。
なにしろ3トン近い大量の粘土なので細かい事を気にせずただ、砕く、運ぶ、砕く、運ぶの繰り返しです。
 やっと6分の1程の量を砕き終えました。
まだまだ続くこの作業。
蒸し暑さがこたえます。がやきもの造りから長い時間離れている自分にとっては、精神的にも肉体的にも良いリハビリトレーニングと位置付けてやろうと思っています。


 





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